実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ショーガ(Shuga)』(Derezhan Omirbaev)[C2007-42]

朝からフィルメックスへ。『ザ・ロード[C2001-12]のダルジャン・オミルバエフ監督の『ショーガ』を観る。トルストイの『アンナ・カレーニナ』を、現代のカザフスタンを舞台に翻案したもの。「ショーガ」はヒロインの名前で、要するに『アンナ・カレーニナ』みたいなタイトル。

原作の『アンナ・カレーニナ』ははづかしながら未読だが、映画化されたものは、アレクサンドル・ザルヒ監督のソ連版『アンナ・カレーニナ[C1967-01]と、クラレンス・ブラウン監督のアメリカ版、というかグレタ・ガルボ版『アンナ・カレニナ[C1935-05]の2本を観ている。ソ連版はいくらか記憶があるが、ストーリーは「ヒロインが不倫して自殺する話」という程度しか憶えていない。グレタ・ガルボ版にいたっては、観たこと以外、全くなんにも憶えていない。

そういうわけなので、この映画が原作にどの程度忠実であるかのかはわからないが、少なくとも「ヒロインが不倫して自殺する話」ではあった。原作のエキスや雰囲気や読後感を、どの程度表現できているのかについても評価できないが、日本語訳で分厚い文庫本3巻とか4巻になっているものを、たったの88分で映画化しようというその心意気に拍手を送りたい。このことからも、原作を忠実に映像化しようというものでないのは明らかで、実際、原作ものにありがちなダイジェスト版的印象は皆無である。

極力説明を排したシンプルな映画だが、前のシーンやそこで語られた何気ない台詞が、すべて伏線的にあとのシーンに効いている構成は見事である。静謐で緊張感溢れる力強いショットの連続は、目を凝らさせずにはおかない。ピリッとした冬の空気や、淡い光の美しさも強く印象に残る。

舞台を現代のカザフスタンに置きかえたことについても特に違和感はなく、うまく現代性を獲得しているように感じられた。カザフスタンなど旧ソ連中央アジアの映画は、どちらかといえば田舎を舞台にしたものが多いが、この映画の舞台は首都のアスタナとアルマティ。どちらも西洋的な都会であり、しかもかなりバブリーな雰囲気。登場人物は、映画のキャメラマンをめざしている青年を除いてみなとってもお金持ち。ショーガの不倫相手アルバイの商売もなにやら怪しげで、彼らの生活のすべてが、かなり危うい印象を受ける。カザフスタンのことはあまりよく知らないが、登場人物のほとんどが中国系っぽい顔立ちであることもあり、つい現代中国と重ねて観てしまった。

上映前に、ゲストである監督夫人(プロデューサー)の舞台挨拶があり、今年のフィルメックスで初めて市山さんを見た。少し痩せたのでは? ダルジャン・オミルバエフ監督は、松尾芭蕉の俳句と小津安二郎の映画に影響を受けているとのことであった。上映後にQ&Aもあったが、午後の予定が迫っているためまたもパス(蓮實センセイもパスしてたぞ)。今年のフィルメックスはこの作品で終わりなので、結局Q&Aには全く参加しなかったことになる。観た作品のクオリティには満足しているが、観た作品が少なく、あまり通いつめたという感じではなかったため、映画祭としての盛り上がりのないまま終わってしまったという印象である。