3本めは、アジアの風のシンガポール映画、『私のマジック』。邱金海(エリック・クー)監督の新作である。日本ではまだ一本も正式に公開されていないが、たぶん長編は全部観ている。こういうことがあるから、映画祭通いはやめられない。
『私のマジック』はSM映画だった。飲んだくれの元マジシャンが、一人息子のために再起しようとする話なのだが、そのマジックというのが、体に針を突き刺したりガラスを食べたりといったもの。痛いのが苦手のわたしは、『トルパン』の羊の出産シーンにつづき、目を逸らしたり薄目を開けたりするシーン多数。SM映画も苦手だが、美女の裸体が鞭打たれているならともかく、太ったおっさんの裸体のアップはあまり見たくないものである。
主人公はインド系シンガポール人の親子。冒頭ではリトル・インディアと思われる場所も映り、インド系コミュニティの話かと思ったがそうではなかった。彼にマジックをさせて儲けようとたくらむのは華人だし、その得意客も華人。バーで一般の客に見せている間はまだよかったが、得意客のサディストのボスに見初められ、アンダーグラウンドでのショーはどんどんエスカレートすることになる。
息子はたぶんインド人小学校に通っているから友だちはインド系だし、インド系同士の連帯や共感が出てこないわけではない。しかし親子のまわりにインド系コミュニティらしきものは存在せず、彼らは郊外のHDBフラットらしきところで孤独に暮らしている。そのあたりがシンガポールらしい。父親が息子に作ってやるのはもちろんカレーだが、息子がふだん食べているのはミーゴレンだったりもする。現在の環境から抜け出すため、息子はまだ小学生なのに一生懸命勉強して進学に望みをかけるのも、騙されて麻薬を運ばされたせいだという母親の死因(つまり死刑)も、とってもシンガポールらしい。
逃亡した親子がふたりで過ごす終盤のシーンがよかった。彼らがいる廃墟は、かつて父親と母親がマジックをしていた場所と説明されるが、ジャングルの中にあるように見えた。あれはどういうところなのだろうか。廃墟独特の時代を感じさせる空気と、熱帯の暑い空気と、森の爽やかな空気が混じりあったような独特の空気感が印象的だった。
上映後はティーチ・インがあり、父親を演じたボスコ・フランシスが登場したようだが、夕食時間を確保するためパスした。パスしてもほとんど時間がなかったので、2分でできるパスタの店、ティで急いで晩ごはんを済ます。