バンガロールに来ちゃったの

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『呉清源とその兄弟 - 呉家の百年』(桐山桂一)

呉清源とその兄弟 - 呉家の百年』読了。

呉清源とその兄弟 ―呉家の百年

呉清源とその兄弟 ―呉家の百年

黒い石と白い石があるということ以外、囲碁のことは何も知らない。呉清源という名前は、田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)が“呉清源”という映画を撮っているというニュースで初めて知った。本書には、おそらく超有名だと思われる棋士が何人も出てくるが、いずれも生まれて初めて聞く名前である。そんな私がこの本を読もうと思ったのは、まず第一に“呉清源”の予習のためだ。

この本は、タイトルにもあるように、呉清源というより、彼と二人の兄(そういう意味では不正確なタイトルである)を描いたものである。長男は満洲国の官吏になってのちに台湾へ、次男は革命に身を投じて共産党員に、そして三男の呉清源は日本へ渡って天才棋士として活躍する。国境に引き裂かれる兄弟というテーマも、本書に興味をもった理由のひとつだった。三兄弟の激動の人生はたしかに興味深いが、宋家の三姉妹呉清源は有名だからそれが注目を浴びるけれども、日中戦争から国共内戦へと続く中国近代史の中で、似たような運命をたどった中国人は、ごく当たり前に大勢いるのだということも、心に留めておかなければならないだろう。

結局のところこの本がおもしろかったかというと微妙である。三人について同時並行的に語られており、表現も伝記風なものやインタビューの言葉をそのまま引用したものが混在しているが、そこにはスタイルというものが欠如している。思いつくままに書かれているという印象で、実際どの程度考えて書かれているのかわからないが、よく推敲して書かれたものではないことは、同じことが何度も書かれていたり、初出の情報と既出の情報との区別がなされていないところをみれば明らかである。ついでにいえば、参考文献リストがないことも本書の信用を著しく損ねている。

この本で一番興味をもったところは、実は次の部分である(特に「乗合バス」に注目)。

……呉清源は熱海から修善寺に向かい、そこで一泊したあと、乗合バスに揺られながら、下田街道を南へ南へと下っていった。浄蓮の滝、天城峠河津七滝……。三時間あまりかけて、下田に到着すると、そこからタクシーに乗り換えて、さらに南の下賀茂温泉へ……。……(p. 203)

川端康成に会うため、伊豆に行ったときの記述である。田壮壮が『有りがたうさん』を観ているかどうかは定かでないが、“呉清源”には川端康成も出てくるらしい。このシーンがあることを強く期待する。ちなみに、いくつか挿入されている若い頃の呉清源の写真を見ると、張震(チャン・チェン)がこの役をオファーされたのも頷ける。