実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『迷いの園』(李昂)

『迷いの園』読了。『自伝の小説』(ISBN:4336043841)に続いて(書かれた順序は逆だが)二冊目の李昂。なかなかおもしろかった。

迷いの園 (新しい台湾の文学)

迷いの園 (新しい台湾の文学)

鹿港の名門、朱家の令嬢、朱影紅と不動産王、林西庚との恋愛と、菡園という先祖伝来の庭園での朱影紅の生い立ちとを、時間を自在に交錯させながら描いた小説。おもしろいのは圧倒的に菡園での物語のほうで、視覚的な菡園の風景描写や、少女時代の朱影紅や父親の人物像が魅力的である。一方、大人になった朱影紅はあまり魅力的にみえないし、林西庚にはさらに魅力が感じられない。朱影紅のような生い立ちの女性が林西庚みたいな男に惹かれるのも理解できない。結婚をめぐる駆け引きにも興味がもてない。

この小説は、台湾の戦後史を描いた小説という面と、フェミニズム小説という面がある。上に書いたことと重なるが、興味深いのは台湾の戦後史のほうだ。朱影紅の父親は、政治犯として投獄され(解説には二二八事件と書いてあったが、その少しあとではないだろうか?)、釈放されたあとも監視付きの軟禁状態に置かれて、人生を奪われてしまった人物である。日本統治時代は決して日本名を使わなかったのに、国民政府のひどさがわかってからは娘を「綾子」と呼び、日常的に日本語を話しているという設定や、有名な、国民党軍兵士と水道の蛇口の話が出てくるところは、今読むとちょっとステレオタイプな感じもする。しかしこの小説が書かれたのが1991年であり、書きたいことを書けるかどうか微妙な時代だったことを考えれば、そうでもないのだろう。