実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『徴用中のこと』

井伏鱒二が宣伝班員としてマレー、シンガポールへ行ったときのことについて書いた『徴用中のこと』を読み終わる。井伏鱒二が帰国したのは1942年末、小津安二郎シンガポールに行ったのは1943年なので、残念ながらふたりはシンガポールで会ってはいない。

徴用中のこと (中公文庫)

徴用中のこと (中公文庫)

私は井伏鱒二の小説を読んだことはなく(『黒い雨』が教科書に載っていた以外は)、読みたいとソソられたこともなかったので、ただマレー、シンガポールということで読んだのだが、これはすごく面白かった。シンガポールで『秀子の車掌さん』(井伏鱒二原作、成瀬巳喜男監督)を上映していたら、出てくるバスがボロすぎて日本の威信にかかわるので上映禁止になったとか、接収した建物の金庫を開けたら爆発が起こったが、巻き添えをくって尻に椅子の脚が刺さった中尉は名誉の負傷かどうか検討中だとか、タイに上陸してタイ軍兵士や僧侶に化ける作戦とか、あほらしい話がいっぱい出てくる。戦後に書かれたものなので、華僑大虐殺にもふれられているし、『お茶漬の味』で笠智衆がえんえんと歌う軍歌、『遺骨を抱いて』が作られた経緯についても書かれている。シンガポールが陥落したら戦争は終わると思われていたということも興味深い。

日本占領下のシンガポールについては、『シンガポール 近い昔の話 1942〜1945 日本軍占領下の人びとと暮らし』に詳しい(この本は日本人が読むべき本である)。華僑大虐殺や占領下の暮らしについての記述が中心だが、開戦からシンガポール陥落までの経緯やイギリス軍の事情などについても詳しく書かれているので、あわせて読むのがお薦めだ。

シンガポール近い昔の話 1942~1945―日本軍占領下の人びとと暮らし

シンガポール近い昔の話 1942~1945―日本軍占領下の人びとと暮らし

『徴用中のこと』に戻ってひと言文句を言いたい。「推敲しろ」ということである。私の好みとして、こういうものは時系列に沿って書かれていてほしい。何か効果を狙ってそうでない順序で書かれているのならいいが、これは元が連載ということもあり、単に思いつくまま書いたとしか思われない。そのうえ、同じことが何度も何度も出てくる。百歩譲って、一度書いたが話の都合上再び書く必要が生じたとしても、同じ回にも同じことが出てくるというのは、推敲していないとしか思えないではないか。

ところで、こんな本を読んだらまた馬來へ行きたい病がひどくなった。熱帯が私を呼んでいる。