バンガロールに来ちゃったの

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『Sandcastle(沙城)』(巫俊鋒)[C2010-81]

シネマート六本木のSintok2012シンガポール映画祭(公式)で、巫俊鋒(ブー・ジュンフォン)監督の『Sandcastle』(公式)を観る。

  • 兵役待ちの18歳の少年エン(陳文全/ジョシュア・タン)が、幼時に亡くなった父親の過去を知ることを通して成長する語。重い内容ながら、風にそよぐ木の枝や波のショットに象徴されるように、爽やかな風が吹き抜けるような、みずみずしさを感じる映画だった。
  • 基本はモラトリアム少年の成長物語だが、家族の歴史にシンガポールの歴史、特に言語や思想を統制してきた負の歴史が重ねられている。両者が全く無理なく自然に、しかも複雑に絡みあっている点がすばらしい。
  • エンは祖父から父のことを少し聞かされたのをきっかけに父の過去を探りはじめるが、祖父は突然亡くなってしまい、母親の口は重く事実を語らず、認知症の祖母は謎めいた断片的な言葉を繰り返すだけ。結局彼は、父が母に宛てて書いた手紙から多くのことを知るのだが、事実がわかったあとに母や祖母の言葉をあらためて思い起こすと、そこに彼らの長年の苦悩や隠された想いが感じられる。
  • エンの父親は共産主義者で、投獄や国外追放の果てに病死したのだが、運動に入るきっかけは華語学校の廃止に対する抗議運動であった。政治運動を象徴するものが言語である点が、いかにもシンガポールらしい。
  • 長らく英語優先政策をとってきたシンガポールでも、冷戦終結や中国とのビジネスの増加によって華語の重要性が増していると聞く。そのあたりの事情は直接は語られないが、大陸からの新移民であるガールフレンドなどを通じて、さりげなく時代の変化が描かれている。
  • 手紙を読んで過去を知るというのは一見安易なようだけれども、エンはそこに書かれた繁体字が読めないという障壁が設定されていて、新移民のガールフレンドに読んでもらわなければならないというのが興味深い。エンは監督と近い年齢に設定されているので、繁体字が読めないというのはリアルな設定なのかもしれないが、この映画の舞台である1990年代後半には、香港や台湾のCDは本国の繁体字のものがそのまま売られていたと思う。簡体字が導入されてからもそれほど経っていないはずだし、ふつうの華人は読めると思っていたのでちょっと不思議。
  • 母親は長年父親を支えてきたあげく、女手一つでエンを育てて、ものすごく苦労をしてきたのだと思うけれども、かつては同志(そっちの意味じゃないよ)だった彼女が、ロクでもない軍人と再婚しようとしていると知ったら、死んだ父親も浮かばれないだろう。この軍人がどのくらいロクでもないかというと、Mac(懐かしの初代iMac)が壊れたエンにWindowsマシンを買ってやるような男である。あの程度の報復では済まされないであろう。
  • タイトルのsandcastleとは、思想やイデオロギーでもあり、家族でもあり、国家でもあると思う。
  • エンディングに流れる、文部省推薦みたいな歌詞の“Home”が、李迪文(ディック・リー)の曲と知ってびっくり。シンガポールと日本とでは全く事情が異なることは十分理解しているだが、それでもナショナル・アイデンティティだの愛国心だのといったものがくそくらえなわたしとしては、最後にこの曲が流れるのは複雑な気持ち。エンは過去を知ってますます父親にシンパシーを感じているように見えるが、最後にこの曲が流れることで、現状肯定的な感じがして居心地が悪い。検閲対策みたいなものだといいのだけれど。
  • 巫俊鋒監督の映画は、2年前のシンガポール映画祭で短篇集を観て、同志電影が多かったので長篇のこの映画にも期待していた。しかし残念ながらその要素はぜんぜんなかった。
  • 華語学校の廃止に対する抗議運動については、直前に観たドキュメンタリー、『インヴィジブル・シティ』にも登場していたのでわかりやすかった。おそらくそれを意識して続けて上映されていると思われ、行き届いたいいプログラムだと思った。