実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『カルロス(Carlos)』(Olivier Assayas)[C2010-87]

シアター・イメージフォーラムで、オリヴィエ・アサイヤス監督の『カルロス』(公式)を観る。第1部から第3部まで3本に分かれていて、合計約5時間半。

  • 自信過剰で男尊女卑で女癖が悪く、暴力的ですぐに引き金を引く、しかしそれでもなおわたしたちを惹きつけてやまない矛盾に満ちた男。カルロスというコードネームで知られる伝説のテロリストの栄光と挫折を、思想を欠いたテロ事件の積み重ねと、国境を越える絶え間ない移動と、魅力的な女性たちとの関わりとによって描いた実録テロエロ映画。
  • これらによって描かれるのは、20世紀後半の世界情勢の複雑極まりなさ、わけのわからなさ、そして直接は登場しないアメリカのどす黒い影の不気味さでもある。
  • 笠原和夫が脚本を書いたらどんな映画になっただろうというのがちょっと興味のあるところ。
  • カルロス(エドガー・ラミレス)はもっとかっこいいのかと思ったら意外とそうでもなかった。いちばんかっこいいのはベレー帽をかぶっているOPEC本部襲撃事件のとき。最初のほうはビミョーにキモい感じがあるし、年をとってくるとちょっとラジニっぽく見えたりする。しかしながら、自信に満ちて常にフェロモンやらオーラやらを発しているので、彼が女性にモテモテなのはよくわかる(どうでもいいけど全裸シーンあり)。
  • それにひきかえ、ハーグ事件で登場する日本赤軍のメンバーは気の毒である。いかにも70年代的な雰囲気はとてもリアルで、そしてとてもかっこわるい。いかにもモテなそうだ。このモテない感が日本赤軍の問題点だなどと結論づけたくなる。登場シーンはかなり長いのに、名前さえないのも気の毒だ。
  • カルロスと関わる女性たちはみな魅力的で、張曼玉(マギー・チャン)と結婚していたアサイヤスはやっぱり女の趣味がいいと思う。ダントツに登場シーンの多い妻のマグダレーナ・コップ(ノラ・フォン・ヴァルトシュテッテン)は、ちょっとジェーン・バーキンを思わせる。いつも胸の谷間を見せていて、ドイツ女とは思えないおフランスな雰囲気。登場シーンはわずかだが、長い黒髪のベネズエラ女性アンセルマ(ヤニリス・ペレス)や、ロンドンのガールフレンド・二ディア(フアナ・アコスタ)もよかった。
  • カルロスは自分は国際主義者であると繰り返すが、当時は遠く離れた場所に住む若者たちがヴェトナムやパレスチナのために戦おうとした時代でもあった。部族とか宗派とかの対立によるチマチマした紛争が増え、若者が他国に興味を示さなくなった今日、かつてたしかに存在した国際主義というものは、苦いノスタルジアのようなものを伴って立ち現れてくるように感じる。また70年代は、テロリストというものがまだロマンを感じさせる時代でもあったと思う。この映画は、そういった二十世紀とともに失われたものへのレクイエムでもあるように思われる。
  • 登場する場所は、フランス・パリ、イギリス・ロンドン、オーストリア・ウィーン、ハンガリーブダペスト東ドイツ・東ベルリン、レバノンベイルート、シリア・ダマスカス、イエメン・アデン、スーダン・アルツームなど多数。外景シーンは決して多くないにもかかわらず、各都市がしっかりとそこの空気感をまとっている。そのため観客も、めまぐるしく変わる舞台にしっかりついて行くことができ、まるでいっしょに移動しているかのように感じる。
  • わたしは2年前にウィーンに行ったが、そのときにOPEC本部に行ってみなかったことを今日ほど後悔したことはない。しかしよく調べてみると、OPEC本部はその前に移転しており、旧OPEC本部のビルはすでになかったかもしれない。
  • OPEC本部襲撃事件では、オーストリア航空の飛行機が出てくるのがなんとなくうれしい。プログラムによれば、キエフベイルート間を飛んでいた現役最後のDC9を定期運航の合間に利用したとのことだが、機体の塗装はどうしたのだろうかというのが激しく疑問である。