実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ムサン日記〜白い犬(茂山日記)』(Park Jung-bum)[C2010-75]

有楽町朝日ホールで、パク・ジョンボム監督の『ムサン日記〜白い犬』(東京フィルメックス)を観る。第12回東京フィルメックスコンペティションの一本。

ソウルに住む脱北者を描いた映画。パク・ジョンボム監督自らが、ボブともマッシュルームともつかぬ妙なヘアスタイルで主人公のスンチョルを熱演。その存在感たっぷりの鬱陶しさは、『ムサン日記』というより『ムサイ日記』といいたいくらいである。ちなみにムサン(茂山)というのは、主人公が北朝鮮で住んでいた場所の地名。タイトルに反して、茂山での日々は描かれない。

スンチョルは、正義感が強く、まっすぐで馬鹿正直な、融通のきかない性格で、他人に心を開かず自分の殻にこもっている。それは彼に親切にしようとする人々をも苛立たせるし、彼を嫌う人々からは理不尽な暴力さえ受ける。脱北者はただでさえ差別されるのに、そんな調子だから仕事もなかなか続かない。

映画はスンチョルの生きにくさを彼の性格と環境のせいだと思わせておいて、終盤近くで意外な展開を見せる。実は彼が心を開かないのは、心の中に屈折を抱えていたからでもあった。しかし、一生誰にも言わないでおこうと思っていた秘密を、ある日ふと話してみたら、意外にもみんなは受け入れてくれた。だがそのことは、彼をいい方向へは向かわせない。北朝鮮での生活も、8年間の中国での潜伏生活も、かなり苦しく辛いものだったと思うけれど、彼はその間、正義感やまっすぐな性格を保ちつづけてきた。それなのに、いちばん自由でいちばん豊かな場所で、それらは捨て去られてしまうのだ。そうして彼は人並みの生活を得るが、それと引き換えにあるものを失ってしまう。

ネタバレしないほうがいいと思うから具体的には書かないけれど、最後のフィックスの長回しが圧巻。カメラと同様、動かないスンチョルと、次々にやってくる車があるものを避けて走っていく様子。そして、結局歩み去ってしまうスンチョル。

スンチョルの友だちであり、第二の主人公でもある白い犬は、スンチョルに従順だけどすごくなついているというわけでもなく、彼にも観客にもぜんぜん媚びない。そんなクールなところが、動物映画的なかわいらしい犬よりもかわいかった。スンチョルがこの犬に出会う場所は、たしかマクドナルドの前だったと思うが、ベンチにコアラの親子の像があるヘンなところ。ソウルへ行く機会があったら、ぜひあのコアラを見つけたい。

上映前に、パク・ジョンボム監督、ヒロインのスジョン役のカン・ウンジン、友人のギョンチョル役のジン・ヨンソク、バイト先の社長役のソ・ジンウォンの舞台挨拶があった。ヘンなヘアスタイルではない監督はムサくなかった。上映後にQ&Aもあったが、時間が遅かったのでパス。

この映画は来年公開が予定されている。ぜひぜひ多くの人に観てほしい。