実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『これは映画ではない(In Film Nist)』(Jafar Panahi, Mojtaba Mirtahmasb)[C2011-26]

有楽町朝日ホールで、ジャファール・パナヒ監督、モジタバ・ ミルタマスブ監督の『これは映画ではない』(東京フィルメックス)を観る。第12回東京フィルメックスの特別招待作品の一本。逮捕され、禁固と映画製作や出国の禁止の判決を受けて控訴中のジャファール・パナヒ監督の、自宅での一日を描いたドキュメンタリー。

この映画の上映は朝10時半からであった。すでにかなりおなかがすいている。映画はいきなり、パナヒの朝ごはん風景からはじまる。トルティーヤみたいなものにジャムのようなものをつけて食べるパナヒ。今度は別のジャムをつけて食べるパナヒ。カメラは部屋に据え付けてあるらしいので、もちろん長回し。おいしそう。おなかが鳴る。もうやめて、いや、もっと観たい、そんな魅力的な光景ではじまる映画。

そのあとも部屋に据え付けられているらしいカメラが、弁護士に電話をかけて裁判のことなどを聞くパナヒを映しだすが、やがてパナヒはモジタバ・ ミルタマスブ監督に電話をかけて呼びつける。映画を撮ることは禁止されているので代わりに脚本を読む、それを撮りにきてくれと言う。読まれるのは検閲に通らなかった脚本で、読むといいながら、絨毯を部屋に見立ててシーンの説明をするパナヒ。その脚本は、大学に受かったのに親から進学を反対されて監禁された女の子が、期日までに脱出して入学手続きに行けるか、という話に、通りから彼女の部屋のほうを見ている男の子が絡むという、かなりおもしろそうな内容。「続きが聞きたい」と思いはじめたとたん、「これで代わりになるなら映画を撮る必要がないじゃないか」と癇癪を起こすパナヒ。

ミルタマスブが帰ってしまうと、さっきまで判決で禁止されたことはやらないように慎重に行動していたパナヒは、iPhoneで撮影をはじめてしまう。やがて近所の犬を預かる騒動が持ち上がり、いったん預かったものの、飼っているイグアナとの相性が悪くて返却。ゴミ収集に来たアルバイトの管理人(管理人の親族)と話していると、今度は管理人がその犬を預かってあげることになる。iPhoneで管理人を撮っていたパナヒは、ついにカメラをもって部屋の外に出る。「犬騒動はどうなるのか、パナヒはこれから何を撮るのか、わくわく」と思ったところで映画は終わる。いつも続きが気になるところで話題が転換されてしまい、「きーっ」と思うのだけれど、結局なかなかおもしろかった。

iPhoneで手軽に動画が撮れる時代に、映画を撮るとは何なのか、映画とは何なのか、映画製作を禁止するとは何なのか…を問いかけつづける映画。『これは映画ではない』というタイトルをつけ、「映画」祭で上映される映画。パナヒを守るためには「これは映画ではない」と言うべきなのかもしれないが、これは映画である。

ところで、パナヒ監督が、女房を風俗で働かせて四畳半に住んでカップラーメンをすすったりはしておらず(そうだと思っていたわけではないが)、ちょっと趣味は合わないけれどけっこう豪華なマンションに住んで、メタボ気味な体型で、(画面には映らないけれど)ふつうに妻子がいて、イグアナを飼っていて、MaciPhoneを使っているのにちょっと驚いた。『ペルシャ猫を誰も知らない[C2009-21]でも、非合法な音楽活動を行っている若者たちが裕福そうなのに驚いたけれど、やはり当局から目をつけられるのは、生活に余裕があって、高い教育を受けて、外国と接触があるような層である、ということなのだろうか。

また、近所との関係が良好なのにも少し驚いた。日本だと、「パナヒさんってお縄になったのよー。恐いわー。(子供に向かって)パナヒさんと話したり、遊びに行ったりしちゃ駄目よ」という感じになりそうだが、パナヒの隣人たちは、犬を預けにきたりするし、管理人は「逮捕の日も僕はここにいたんですよ。連行されるとこ見たんですよ」とかなんとか嬉しそうに話す。観ていると心温まる感じだけれど、もちろんパナヒの置かれている状況は決して心温まるものではない。