実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ジャライノール(紮賚諾爾)』(趙曄)[C2008-35]

「中国インディペンデント映画祭2009」で観た(id:xiaogang:20091223#p3参照)、趙曄(チャオ・イエ)監督の『ジャライノール』(公式)が公開されたので再見する。もうちょっと便利なところでやってくれるといいけれど、劇場は同じポレポレ東中野。ジャライノールは、紮賚諾爾と扎賚諾爾のふたつの表記があるようで、プログラムにも並記されているが、こういうのってモヤモヤする。モヤさまで取り上げてほしい。

映画の舞台は、春節のころの內蒙古自治區、呼倫貝爾(フルンボイル/ホロンバイル)市。ロシアとの国境近くである。ジャライノール炭鉱の運転士を退職して娘のところへ行く朱さん(劉遠生)と、それを見送る助手の李治中(李治中)とのロードムービー

まず印象的なのは煙だ。中心になるのはもちろん蒸気機関車から吐き出される煙だが、それだけではない。登場人物たちがひっきりなしに吸う煙草の煙。登場人物たちが吐く白い息。頻繁に画面に現れる、規模の異なるそれらの煙の相似性に、なぜとはなしに心をうたれる。

それからカラオケ。駅前広場のカラオケで歌われる、羅大佑(ルオ・ダーヨウ)の“戀曲1990”。わたし自身はカラオケはきらいで、行かないし歌わないが、『スプリング・フィーバー[C2009-24]をはじめ、特に中華圏では映画によく登場するし、印象的な場面も多い。そのうちカラオケ映画ベストテンを作ってみたい。

そしてとびきり切ないのが芝麻球(胡麻団子)。胡麻団子うまそうだなあと思ってよだれをたらして観ていると、結局ああなる。『ふたつの時、ふたりの時間』[C2001-04]の明星のケーキを思い出す。そのうち切ない食べ物映画ベストテンも作ってみたい。

映像的に印象的なのは、長回しとロングショット。台詞の少ないこの映画で、ふたりの心情を彼らの行動以上に雄弁に語るのが長回しのショットだ。彼らはそこで、特別何かをしているわけではない。そのショットの長さそのものが、感情のタメみたいなものを表しているのだ。相手に対する思いだけでなく、朱さんの、ジャライノールという土地や、炭鉱や、蒸気機関車や、長年やってきた仕事や、それを残して去っていくことに対する思い。

ロングショットは、全体のなかでそれほど多いわけではない。前回は、蒸気機関車が走る風景が美しいと思ったが、人物を小さくとらえたショットも、風景のなかでの人間の小ささを際立たせ、小さくて些細であるがゆえに逆に愛おしいというような感情を喚起させていて心に残る。

台詞も少なく、極力説明を排したこの映画のつくりは、基本的に好みであるが、ちょっと不親切すぎるようにも思う。特に前半は画面が暗く、顔の判別がつきにくいし、ここがどういう場所で彼らがどういう仕事をしているのかもわかりにくい。今回は二回めだからそういうところに気をとられずに観られてよかったが、一回めのときはかなりいっぱいいっぱいだった。朱さんが退職を早めるのも唐突だ。勤務中の飲酒がバレてそうだったことや、娘からの再三の電話やそこでかわされる健康についての話題から、いろいろと推測が可能ではあるが、退職を早めた理由も明確にはされない。

時間や距離の感覚もわかりづらかった。彼らが自転車と徒歩で移動しているのはどの程度の距離なのか、どのくらいの時間、列車に乗っていて、どのくらいの距離を移動しているのか。彼らが列車に乗る駅はかなり賑わっているように見えたが、あれは紮賚諾爾西站なのだろうか。朱さんが降りる駅は、クレジットから推測すると博克圖站。

主演のふたりは素人らしいけれど、特に朱さんを演じた劉遠生がいい。前半はふつうのおじさんなのに、後半は前にも書いたけれどまるでリノ・ヴァンチュラ。渋すぎる。しかしだからといって、ふたりの仲のよさには萌えないが、共同浴場でシャンプーしてあげるのは怪しすぎ。そして、スターの××にはぜったいにぼかしを入れるくせに、中国の辺境のふつうのおじさんの××には大らかなのはどういうワケか。そしてまた、美しいシーン満載の映画なのに、わざわざ入浴シーンの写真をプログラムに載せるというのはどういうわけか。