実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『春との旅』(小林政広)[C2010-01]

5月下旬から母親が入院中のため、実家で病院通いの日々を送っており、なかなか映画も観られない。今日はやっとお休みをもらったので、地元のシネコンで映画を観ることにした。でも映画を観たことは母親には内緒である。日常映画を観ない人に、映画はごはんと同じくらい大事だとか、観ないと死ぬとか、機会を逃したら一生の不覚だとかいったことを理解してもらうのは難しい。シネコンしかない田舎なので(シネコンがあるだけで驚きだが)、通常たいした映画は観られないのだが、驚いたことに小林政広監督の新作『春との旅』(公式)が遅延なしに上映されている。

いまの日本映画で、わたしが監督の名前だけで観に行くのは、小林政広井口奈己くらいである。しかし、小林政広というのは不思議というか立ち位置のよくわからない監督である。作品を観に行くとたいていあまり客が入っていないが、コンスタントに新作を撮っている。海外の映画祭にも積極的に出品していて、それなりに評価も受けているように思われるが、客層というかファン層というかどういう人が評価しているのかがわかりにくい(ハスミ先生信奉者は青山真治が好き、みたいなわかりやすさがない)。いずれにせよ、一般受け度はかなり低いと思っていたが、今度は超豪華キャストで全国公開の映画を撮っていたのでびっくり仰天した。監督が「全国公開向けの映画」と公言していたのと、かなり評判がよさそうなのとから、期待のなかにも不安を抱きつつ観る。ちなみに、田舎の朝イチの観客は4人。

映画は、祖父の仲代達矢と孫の徳永えりが血縁を訪ねてまわるロードムービー。冒頭から、徳永えりの歩き方がヘンなのににんまりし、同時にいかにも映画音楽ふうな音楽ががんがん流れているのにとまどう。

前半は、仲代達矢が居候させてもらおうと兄弟の家を次々と訪ねる。仲代達矢がすごくヘンクツな老人で、身勝手な兄弟たちから体よく断られるという展開なのかと思ったら、実は兄弟はみんないい人で、断らざるを得ない理由があったり、仲代達矢のためを思って放り出したりする。そのドラマチックすぎる展開に、前半はいまひとつのれなかった。

旅を続けるうちに、なぜ祖父と孫とが二人っきりで暮らしているのかが次第に明らかになるという仕掛けになっていて、後半はふたりが徳永えりの父親の香川照之に会いに行くという展開になる。感情をむき出しにする祖父とは対照的に、感情を抑えて生きてきた孫娘が、久しぶりに父親に会ってぎくしゃくした感じから一転、感情をぶつけるシーンはこの映画のハイライトで、ものすごく心を揺さぶられる。でももしも、ここで大音量で流れているドラマチックな音楽がなかったら、もっと感動的ないいシーンになっていたに違いないと思うとちょっと残念。

豪華ヴェテラン俳優たちの競演が話題だが、どうも「演技しています」という感じがつきまとっているのが気になった。特に仲代達矢は、顔の筋肉や皺をひとつ動かすたびに、「それ、演技でしょう」と思ってしまう。彼の映画はそれほど観ていないが、若いころの成瀬の映画などではもっと虚無的な感じでよかったのに。

それにひきかえ、徳永えりはいかにもナマという感じのむきだしの存在感があってすごくよかった。時によってすごくブスに見えたりかわいく見えたりするが、目ぢからがあってアップになるほどきれいに見える。あとはやはり香川照之と、それから年取ってしまった美保純のアゴのたるみがよかったです。