オーディトリウム渋谷の特集「ワン・ビン(王兵)全作一挙上映!」(公式)で、『鉄西区 第1部:工場』を観る。240分(途中の休憩でトイレに行かない人がいてびっくりした)。前から観たかったが、肉体的に苦痛な会場(アテネ・フランセ文化センター)とか、終わるのが夜10時とか、ごはんを食べる時間がないとか、わたしには無理な条件での上映がほとんどだった。やっと、昼ごはんと晩ごはんのあいだに、まともな椅子で観られるチャンスがやってきた。
1999年から2001年にかけての、遼寧省瀋陽市鐵西區の重工業系国営工場を描いたドキュメンタリー。出てくる工場は、瀋陽製錬所(瀋陽冶煉廠)、瀋陽ケーブル工場(瀋陽電纜廠?)、瀋陽圧延工場(瀋陽軋鋼總廠?)。製錬所は、撮影開始時点ではかなり稼働している工場、ケーブル工場はほとんどの労働者が解雇され、管理職のみが働いている工場、圧延工場はすでに稼働していない工場。この工業地帯は、日本占領時期(満洲国時代)の1934年に作られ、新中国成立後にソ連の援助で発展して社会主義的繁栄の象徴となったが、1990年代に傾きはじめたらしい。この映画は、冒頭ではかなり稼働していた工場群が、ひとつまたひとつと操業を停止し、倒産し、やがて解体されるさまを静かに見つめる。
鐵西區を空間的、時間的に俯瞰する役割を担うのは、工業地帯内で原材料の運搬などを行う鉄道である。映画は、ゆっくりと走る貨物列車の車窓の風景の、心地よい移動ショットで始まる。雪が積もった線路がずっと前方に延びていて、線路の両側には、煉瓦造りの塀や古びた工場が、ゆっくりと現れては消えていく。ある工場から別の工場へ舞台が移るときも、車窓の風景が新たな舞台を紹介する。時間の経過も車窓の風景によって紹介されるが、沿線の建物は次第に廃墟と化し、そしてまばらになっていく。季節もめぐり、雪景色は夏草のはびこる景色となり、やがてまた雪景色になる。ラストシーンの、雪のない茶色い風景では、以前はなかったゴミが線路にたくさん落ちている。
乗り物の移動ショットはいつでもワクワクするが、このように鉄道を使った構成がすばらしい。240分ある映画が退屈しないのも、鉄道によって空間、時間がうまく整理されているからだ。
この映画の主役となるのは、工場そのものと、そこで働く労働者である。わたしは、現代的な工場、近未来的な工場には全く興味がないが、このいかにも古ぼけた、近代化遺産というべき工場のたたずまいには強く惹かれる。鐵西區のシンボルだったらしい巨大な三本の煙突が見える、工業地帯の風景もすてきだ。うす汚れた休憩室の、白と緑の壁や緑色のロッカーもいい。
廃墟になった工場はさらにすばらしい。最初に出てくるのは、すでに操業を停止している圧延工場。工場の中に雪が積もっていたり、窓から陽がいっぱいに差し込んでいる風景が美しい。休憩室の、緑のロッカーの扉が開いた荒れ果てた様子や、その人の匂いが消えたしんとした空気にも惹かれる。この工場は終盤で解体が始まるが、天井から埃のようなものが落ちてきて、それがだんだん大量になるショットは圧巻である。
もうひとりの主役である労働者たちは、働いている姿も描かれるが、多くは休憩室で与太話をしたり、トランプや将棋をしたりしているシーンである。カメラの距離感が独特で、基本的には、みんなの話を黙って聞いている仲間という感じの、つかず離れずの距離感。そこでは仲間うちでの会話が交わされているが、突然カメラに向かってしゃべったり、カメラがひとりに目を向けると、隣の席の人となんとなく話しはじめるといった感じでカメラに向かって話しはじめる。その内容は仲間うちでの話とつながってはいるが、詳しい事情や自分の境遇などを詳細に説明するものだ。また、「危ないから来るな」とか「警察だから撮るな」とか、撮影自体に対するコメントが突如差し挟まれる。
ここに出てくる人々は、名前が呼ばれることもあるし、何度も出てくる人もいるが、基本的にはたくさんの匿名の人々である。彼らの行動や話の内容は、個人を描き出すものではなく、いろいろな工場、いろいろな職種、いろいろな立場の人々の、断片的な行為や事実や意見の集まりである。現在の工場や仕事の状況、工場や上司に対する不平や不満、未払いの給料やなくなっていく仕事や将来の不安、家族のことなど、様々な内容が語られる。そこからは中国社会の様々な問題点が浮かび上がってくるが、それを批判したり告発したりすることがこの映画の目的ではない。
終わっていくもの、失われていくものは、いつも人を惹きつける。わたしたちは240分という長い時間をかけて、ひとつの時代が終わっていくのを見つめ、そしていっしょに体験する。それは必ずしもよい時代ではなかったかもしれないが、失われていく風景や記憶のひとつひとつを静かに愛おしむような映画であり、心を揺さぶられる。
ほかに印象に残った点がふたつ。ひとつは音楽。この映画にいわゆる映画音楽はないが、工場の放送で流れる歌、宴会でカラオケで歌われる歌、療養所で暇な時間に歌われる歌など、いろいろな歌が出てくる。これがほとんど、‘東方紅’だの‘共産党’だの‘解放軍’だのが出てくる、昔なつかしそうな歌ばかりなのだ。労働者たちが主に文革世代だからなのだろうか。
もうひとつはお風呂と全裸。中国では、家にお風呂がなかったり、職場に大浴場があったりするせいだと思うが、共同浴場シーンのある映画が多い。今年観ただけでも、『ジャライノール』[C2008-35]にもあったし、『僕は11歳』[C2011-19]にもあった。いずれも意味なくおっさんの全裸が写されている。この映画では、お風呂に行くために休憩室で全裸になるおっさん多数(なぜかみんなズボンとパンツをいっしょに脱ぐ)。「あの、カメラ回ってますよ」と声をかけたくなるが、おっさんたちは平気。平気どころか、脱いだあとも風呂に行かずにうろうろしてやりたい放題。映画や写真集で、ハダカが「芸術であって猥褻ではない」と主張されることがあるが、全裸を見せているのに猥褻とみなしてもらえないのも、男として寂しくはないのだろうか(ちなみに、テレビ放送されたものにはボカシが入っていた)。
この映画が撮影されてから約10年、登場する場所がいくらかでもわかるかとGoogleマップを見てみたが、現在の鐵西區は高層マンションや新しそうな工場が建ち並び、ほとんど面影すら見つからない。わたしは2000年の夏、瀋陽を訪れている。それは今思えばこの映画の撮影時期であり、ちょうど瀋陽冶煉廠が倒産する数日前だ。そうと知っていれば訪ねたのにと思うと悔しいが、もともと日本が作った工場なのに、当時調べた本にほとんど言及はなかったと思う。このとき買った地図は、道端でおばちゃんが売っていた一枚ものの簡単な地図だが、それでもけっこう役に立って、瀋陽冶煉廠の場所がわかった。ほかの二つの工場は載っていないが、これらが先に操業停止していたことを思えば納得できる。
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さらに、この地図と、康徳6年(1939年)製の奉天市の地図(もちろん複製)とを比べてみる。瀋陽冶煉廠は、1939年には金礦精錬廠である。ケーブル工場は滿洲電線會社、圧延工場は滿洲住友金屬工業會社ではないかと想像するがどうだろうか。