『男の顔は履歴書』に奪われた魂は『炎の城』で意識を失って取り戻したので、気力充実してシアターN渋谷へ。彭浩翔(パン・ホーチョン)監督の『ドリーム・ホーム』(公式)を観る。
ホラーとかスプラッタとか宣伝されて怖がらせられたけれど、観た印象をひと言でいえば「彭浩翔の香港映画」だった。彭浩翔作品のなかで異質という声も聞いたけれど、別にそうとも思わない。ちなみにわたしの定義では、ホラーやスプラッタは非科学的なこと、超常的なことが起きるものであり、これは犯罪映画ではあるけれどホラーではないと思う。
映画は、ヒロインの何超儀(ジョシー・ホー)が高級マンション、維多利亞壹號に侵入して住人を殺戮するところと、そのような行為に及ぶに至ったいきさつとが並行して描かれる。いきさつは時間を追って描かれるわけではなく、少女時代からの彼女の半生と、犯行直前のできごととが入り混じっている。これが実にうまく構成されていて、彼女が維多利亞壹號の部屋に固執する理由が次第に明らかになり、最後に凶行に及んだ理由が明らかになる。大人になっても狭い家に家族と暮らさざるを得ない香港の住宅事情や、大陸のお金持ちの買い占めによる不動産価格の高騰からリーマン・ショックにいたる社会的背景もうまく使われている。
殺戮シーンは、もちろん目をそむけたところもたくさんあったが、それほど怖くはなかった。ただ、被害者が苦しんでいるところをえんえんと映すのが少しきつかった。没頭して観ると痛いので、「こんなことをさせられて、俳優もたいへんだなあ」などと思いながら観ていた。○○○を切られるところは、刺されたあとなのであまり怖くない。『沖縄やくざ戦争』[C1976-V]のほうがよっぽど怖いよね。また、被害者のほうはどうせそのうち死ぬので多少痛そうでもいいが、反撃にあって何超儀が怪我をするところがかなり痛そうだった。
殺人方法のヴァリエーションの豊かさも楽しいが、ヴァリエーションをもたらしている要因である、状況に対応する臨機応変さが興味深かった。周到に準備して犯行に及んでいるわけではないので、その場の状況を判断しながらそこにあるものをうまく使わなければならず、その咄嗟の判断がすばらしい。反撃されはするものの、平凡なOLという設定のわりにはかなり強いのだが、『男の顔は履歴書』の安藤昇と同様、軍隊にいたこともあるとかいう何超儀のバックグラウンドが、その強さを納得させてしまう。
この映画でいちばんおもしろいのは、殺戮シーンやそれに至る動機よりも、被害者たちの日常が描かれているところだと思う。被害に遭ったのは、深圳に愛人を囲っているダンナと臨月の奥さんの住む部屋と、若者たちが女の子を連れ込んでいる部屋。ダンナが電話で愛人をなだめたり、さあこれからというときに女の子が酔いつぶれたり、情けない日常や会話の内容がすごくおもしろい。こういうところが彭浩翔の真骨頂だと思う。