実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『8時間の恐怖』(鈴木清太郎)[C1957-38]

同じくフィルムセンターの特集「よみがえる日本映画」(公式)で、鈴木清太郎(鈴木清順)監督の『8時間の恐怖』を観る。

夜中に列車が水害で止まり、急いでいるワケありの乗客たちが振替のオンボロバスに乗り込む。そのバスが目的地に着くまでの8時間のお話。シチュエーションはかなり異なるけれど、これは鈴木清順版『有りがたうさん』[C1936-12]だと思う。清順と清水というのは妙な取り合わせだけれど、この映画の原案は斎藤耕一。彼については何も知らないので何の確証もないけれど、たぶん『有りがたうさん』を意識していると思う。

といっても、運転手が二枚目だったり「ありがとう」と言ったり説教したりするわけではない。しかし、利根はる恵=桑野通子や福田文子=築地まゆみみたいな対応がみられたり、「早くしないと東京行きの汽車に間に合わない」という台詞が再三聞かれたり、関連性を感じないわけにはいかない。登場人物がなにげに時代背景を表しているようなところも。

しかしこちらのバスは『有りがたうさん』ののんびりした雰囲気とは全く異なり、乗客はみんな怪しすぎ。自殺未遂に銀行強盗によるバスジャックに崖崩れに、77分しかないのに事件起こりすぎ。それをほとんど知らないような俳優がやっているのはいささかしんどい。添え物映画だからしかたがないとはいえ、ちょっと名の知れたような俳優は金子信雄二谷英明くらいなのだ。

その金子信雄は、護送される殺人犯の元軍医。こういう映画にありがちなように、「えー、このバスにお医者さんはおられませんか?」という状況になり、手錠をはずしてもらって手当をする。「でも金子信雄だから逃走するのでは」という心配もむなしく、最後まで真面目な役。中国で戦犯になって、帰国したら死んだことになっていて、再婚していた妻とその相手を殺してしまったという屈折した役どころで、他の映画では見られない、暗く沈痛な面持ちが印象的。一日に2回も金子信雄を見て、2回とも悪役じゃないなんて、滅多にあることではない。

個人的には、この映画を観てマレー鉄道が洪水で止まったときのことを思い出した。「振替のバスが来ます」と言われたのに全然来ず、救世軍でお菓子を食べさせてもらっているあいだに列車が動いたのだけれど、あのときバスが来ていたらこんな怖い目に遭ったかも。