実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『小津の魔法つかい - ことばの粋とユーモア』(中村明)[B1223]

見るからに読む気の失せるタイトル(じゃあ読まなきゃいいのに)だが、『小津の魔法つかい - ことばの粋とユーモア』読了。まだ半分ぐらい残っていたので終わらないと思っていたが、イワタのホットケーキが50分待ちだったので読めてしまった。このホットケーキはおそらくずっと前からあると思うが、雑誌などで取り上げられるたびに客が増えていき、先週末にはついに店の外に行列ができていた。そのうちホットケーキ御殿が建つにちがいない。

小津の魔法つかい―ことばの粋とユーモア

小津の魔法つかい―ことばの粋とユーモア

小津安二郎映画のことばについての本。取り上げられている内容は、小津映画に多少ともはまった者なら、気になっていたり同じように感じていたりするところだし、台詞を読んでほとんどシーンが同定できる者としては、それなりに楽しく読むこともできる。しかし、はっきり言ってこの本は手抜き、と言って悪ければお手軽すぎると思う。作品が手軽に観られなかったころならいざ知らず、全作品のDVDもシナリオも簡単に手に入る状況で、シナリオから抜き出して並べただけに近い内容は浅薄すぎる。だいいち著者は日本語学者(たぶん)なのだから、もう少し専門的な分析をしていただきたい。

もちろん、ただ台詞を抜き出しているわけではなく、口癖だとかなつかしい響きだとかくりかえしと堂堂めぐりだとか、言葉づかいや会話の様々な特徴が、実例を取り上げつつ語られている。しかしそれならば、まず最初に、小津映画のことばにはこういった特徴がある、ということを概論で述べてから、各論に入るべきである。それぞれの特徴の説明では、ただ抜き出して、似たようなコメントをつけて並べるだけでなく、ことばの出現頻度をカウントしたり、会話のパターンで分類したりしたうえで、多少の考察も加えてほしい。だいたい、ここまでやったらそういうことをしたくならないのかな。

たとえば、第三章「口癖の詩学」では、「ちょいと」と「ちょっと」の出現頻度について述べられているが、それならばトーキー全作の「ちょいと」と「ちょっと」の出現頻度をカウントし、すべての出現箇所をもれなく抽出して表にしてほしい。そこまでしてあればデータとしても役に立つ。ついでにいえば、シナリオだけではなく、きちんと映画で確認してほしいものだ(DVDなんだからそんなに面倒な作業だとは思えないのだが)。

私は校正ミスや事実関係の明らかな間違いのある本には厳しいが、著者が日本語学者ならなおさら厳しくならざるを得ない。『晩秋』(p. 193)ってなんですか?