同じく新文芸坐の特集「緊急追悼上映 巨匠 テオ・アンゲロプロス」(チラシ)で、『エレニの旅』を観る。今回上映される10作品のうち、唯一未見だった映画。
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しかしおそらく、わかりやすいと感じたいちばんの要因は主人公の変化である。これまでのアンゲロプロスの主人公は、たいていインテリで、無口で、感情を表に出さず、それが作品に非常に淡々とした感じを与えていた。この映画のヒロイン、エレニは、家族や戦争や政治に翻弄されて波瀾万丈の半生を送るのだが、彼女自身はふつうの女性で、喜怒哀楽をはっきりと表に出す。こういった主人公はおそらく初めてで、個人的には以前のような人物のほうが好きなのだが、エレニを演じるアレクサンドラ・アイディニのフレッシュさも手伝って、新鮮で好感がもてた。
アンゲロプロスのここ20年くらいの作品は、ヨーロッパ的な雰囲気を色濃く感じさせるが、この作品は、昔の土着ギリシャ的な雰囲気に戻ったように感じた。これもエレニがインテリ的、抽象的な思索をせず、具体的で日常的な感情を表しているのが一因である。しかしそれだけではなく、しばらく同時代を扱ってきたアンゲロプロスが、ふたたび『旅芸人の記録』[C1975-01]の時代を扱っていることにもよると思われる。帝政ロシア〜ソ連からアメリカ合衆国と、これまででいちばん広い地理的範囲を扱ってもいて、そういった広がり、歴史の世界的なつながりも感じさせるのだけれども、久しぶりにアジア的というか、ギリシャ臭みたいなものを感じさせる。
また、アンゲロプロスといえば水のイメージが特徴のひとつだが、この映画はそれが最も鮮明であり、かつ水の不吉さみたいなものも極まっていて印象的である。洪水のあとで村がまるごと水に沈んでしまうとか、風景としても見ごたえがあったが、撮影もすごくたいへんだっただろうと思った。風景ではほかに白い布がはためく丘も印象的。
主要な登場人物であるエレニやアレクシス(ニコス・ プルサディニス)が若くて、演じている俳優も知らない人なので、キャスト的には新鮮な感じを受けるが、おなじみのエヴァ・コタマニドウもたぶん久しぶりに出ている。彼女はアレクシスの伯母で、前半ではエレニに同情的な感じなのだけれど、後半のあるシーンにちらっと出てくるのが身も凍る怖さ。おそらくこのシーンのために彼女をキャスティングしたのだろう。ある意味ここがいちばんの見どころだった。