実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『エレニの旅(Τριλογία - Το Λιβάδι που Δακρύζει)』(Theo Angelopoulos)[C2004-50]

同じく新文芸坐の特集「緊急追悼上映 巨匠 テオ・アンゲロプロス」(チラシ)で、『エレニの旅』を観る。今回上映される10作品のうち、唯一未見だった映画。

エレニの旅 [DVD]

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観終わっての第一印象は、「アンゲロプロスなのにわかりやすい」。たしかに、時間軸も交錯していないし、映画のなかに境目なく映画や芝居が入り込んできたりしないという点でわかりやすい。一方で、背景となっているギリシャ近現代史に関してあまり説明的なものがないのは他作品と同じだ。ただ、少しばかりギリシャ近現代史がわかってきたし、他の作品と連続して観ているので、出てくる光景や聴こえてくる歌から政治状況がぱっとわかるようになったため、難解さを感じないのだと思う。

しかしおそらく、わかりやすいと感じたいちばんの要因は主人公の変化である。これまでのアンゲロプロスの主人公は、たいていインテリで、無口で、感情を表に出さず、それが作品に非常に淡々とした感じを与えていた。この映画のヒロイン、エレニは、家族や戦争や政治に翻弄されて波瀾万丈の半生を送るのだが、彼女自身はふつうの女性で、喜怒哀楽をはっきりと表に出す。こういった主人公はおそらく初めてで、個人的には以前のような人物のほうが好きなのだが、エレニを演じるアレクサンドラ・アイディニのフレッシュさも手伝って、新鮮で好感がもてた。

アンゲロプロスのここ20年くらいの作品は、ヨーロッパ的な雰囲気を色濃く感じさせるが、この作品は、昔の土着ギリシャ的な雰囲気に戻ったように感じた。これもエレニがインテリ的、抽象的な思索をせず、具体的で日常的な感情を表しているのが一因である。しかしそれだけではなく、しばらく同時代を扱ってきたアンゲロプロスが、ふたたび『旅芸人の記録[C1975-01]の時代を扱っていることにもよると思われる。帝政ロシアソ連からアメリカ合衆国と、これまででいちばん広い地理的範囲を扱ってもいて、そういった広がり、歴史の世界的なつながりも感じさせるのだけれども、久しぶりにアジア的というか、ギリシャ臭みたいなものを感じさせる。

また、アンゲロプロスといえば水のイメージが特徴のひとつだが、この映画はそれが最も鮮明であり、かつ水の不吉さみたいなものも極まっていて印象的である。洪水のあとで村がまるごと水に沈んでしまうとか、風景としても見ごたえがあったが、撮影もすごくたいへんだっただろうと思った。風景ではほかに白い布がはためく丘も印象的。

主要な登場人物であるエレニやアレクシス(ニコス・ プルサディニス)が若くて、演じている俳優も知らない人なので、キャスト的には新鮮な感じを受けるが、おなじみのエヴァ・コタマニドウもたぶん久しぶりに出ている。彼女はアレクシスの伯母で、前半ではエレニに同情的な感じなのだけれど、後半のあるシーンにちらっと出てくるのが身も凍る怖さ。おそらくこのシーンのために彼女をキャスティングしたのだろう。ある意味ここがいちばんの見どころだった。