実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『よく知りもしないくせに(잘 알지도 못하면서)』(洪尚秀(홍상수))[C2009-16]

エスプレッサメンテ イリーでパニーノを食べて、二本めは洪尚秀(ホン・サンス)の『よく知りもしないくせに』。今回かなり楽しみにしていた一本。始まる前に、英語字幕についてのお詫びのアナウンスがあったが、なんと「なにそつご了承ください」とか言っていた。もう少しバイトの質を上げるべし。

映画は、金泰宇(キム・テウ)演じる映画監督が、「よく知りもしないくせに」と言われる経験を二回続けてするという、二部構成のお話。第一部は堤川が舞台の山篇、第二部は済州島が舞台の海篇。ふたつの経験はかなりよく似ている。招かれて知らない土地へ行き、古い知人と再会し、その家に招かれる。知人は奥さんに非常に満足しており、奥さんのほうも満足しているようだ。その奥さんをめぐってトラブルになり、自分を招いてくれた人との関係も険悪になる…。

ストーリーにするとけっこうドラマチックだが、実際は、ふつうの映画なら「ストーリーに関係ない」として省略されてしまうような細部がふんだんに盛り込まれている。ディテールのみの映画といってもいいくらいで、それがまた楽しめる。

洪尚秀の映画はおもしろいが、以前は、登場人物はけっこうヤなやつだと思うことが多かった気がする。それがだんだんそうではなくなってきて、なんだか愛すべき人物ばかりになってきた気がする(わたしの受け止めかたの変化かも)。主人公も、今まではたいていダメ男だと思っていたが、今回はダメ男というより、やたらに等身大な感じですごく親近感がわいてしまう。

たとえば山篇では、金泰宇は映画祭の審査員として招かれる。審査前のコメントは立派だが、実際は毎晩呑んでいて、映画中はうとうとしている。ちやほやされていい気になっていると、自分より売れている後輩に取り巻きをさらわれて嫉妬する。映画祭の審査と聞いてとりあえず想像する厳かな雰囲気や、難しいことや高尚なことを考えていそうな映画監督というイメージは皆無である。ときおり挿入されている、金泰宇のつぶやき風本音モノローグが楽しい。

この映画の中で最も多く出てくる感情は、間の悪さや気まずさだ。ふつうの映画の場合、表層的な関係を少し深めようとすると、思いがけない心の交流が生まれたり、感動を呼んだりする。しかし実際にはそんなことは起こらない。たいていは、うまくかみあわなくて気まずい空気が流れる。そういうところが非常にリアルに描かれている。

どちらの話にも当然酒がからみ、あいかわらずの酒と女の話。堤川も済州島も風光明媚なところだと思われるが、そんな美しい景色は一切なし。期待に違わぬおもしろさで、特に楽しい話というわけではないのに(金泰宇にとってはけっこう悲惨な話だ)、なんだかとっても楽しい気分になって劇場をあとにした。