実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『きっと、うまくいく(3 idiots)』(Rajkumar Hirani)[C2009-67]

シネマート新宿で、「ボリウッド4」(公式)の一本、ラージクマール・ヒラニ監督の『きっと、うまくいく』を観る。

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主にツイッターでの前評判が非常によく、選別されているリツイートだけではなく、フォローしている人たちもほとんど褒めていた。誰もがいいというものはたいてい苦手なので、99%以上の確率で自分ははまらないだろうと思ったが、これだけみんながいいと言っているので、良心的な、よくできた映画ではあるだろうと予想していた。しかし観てみた感想としては、(そりゃおもしろいところもあるのだけれど)「え?これのどこがそんなに?」というのが正直なところである。以下、だめだと思ったところ。

  • まずわたしは、メッセージ性の強い映画がきらいである。しかしどうしても何かメッセージをこめたいのであれば、いかに全体を通してさりげなく、間接的に語るかが映画の良し悪しを分けると思う。ところがこの映画は、メッセージそのもののような台詞が、主人公ランチョー(アーミル・カーン)の口からばんばん飛び出す。言っていることは正しい。もっともである。しかしそんなことを堂々と言われたらひたすら説教くさい。説教くさい映画、これまたわたしの大きらいなものである。しかもアーミル・カーンが妙におめめをキラキラさせて語る。初アーミル・カーンにして、彼のイメージは最悪に。
  • 登場人物、特に悪役の、学長、サイレンサー、ピア(カリーナ・カプール)の婚約者が図式的すぎる。いかにもメッセージを伝えるために造型しましたというわかりやすい性格や言動で、血肉を備えておらず、なんの魅力も感じられない。
  • 主人公のランチョーは、なんでもできる天才で、人格的にも優れている。わたしはそんな人とはぜったいにおともだちになりたくない。わたしとは関わらないところで、勝手にしあわせに生きてほしい。超人的なのに恋愛だけはオクテというのは、李連杰(ジェット・リー)に代表される、アクション映画によく見られる人物造型である。アクションの場合、強くて負けないのは痛快だけど、アタマや人格の場合はイヤミに感じる。
  • まわりの期待や既成の価値観にとらわれず、やりたいことをやれと言われても、カーストの壁に阻まれてそうはいかないのが現状だろう。むしろその壁を越えるために工科大学へ行くのではないか。インド映画でカースト制にふれることはタブーなのかどうか知らないが、そこにふれずにメッセージだけ振りかざされても空しく響くだけのように思われる。
  • これが先進国というか、もう少し成熟した国の映画であれば、現在のランチョーは、「お金も名誉もないけれど、好きなことをやっていてしあわせ」という感じで終わると思う。しかしおそらく今のインドではそれは受け入れられない。だから「実はお金も名誉もあるのよ」という落としどころが用意されているわけだ。それはたぶんしかたがないのだけれど、やはりかなり白ける。それにインドの特許制度がどうなっているのか知らないが、日本だったら卒業後10年で何十件もの特許というのはあり得ないと思う。
  • クライマックスの出産シーンとか、ランチョーの小学校とか、まるで50年前みたいな工学部イメージがイヤ(「ものづくり」ということばが好きな人が好きそうな感じ)。ソフトウエアなどの目に見えない世界は映画にしにくいのかもしれないけれど、人気の職業なのはIT系エンジニアだと思うし、工学部の人はふつう工作とかやってませんから。
  • ヒロインのカリーナ・カプールが苦手である。とにかく顔がきらい。
  • あの強姦ネタは、ちょっと笑うに笑えないと思った。

3人の男子大学生が主人公の、従来のインド映画っぽくない作品という評判だったので、勝手に、もっと身近で日常的な、等身大の学生のお話なのかと思っていたが、それは大いなる誤解だった。ミュージカルシーンがけっこうよくて、登場人物があり得ない人たちで、景色のきれいなところが出てきて、最近のインド映画としてはかなり長い、つまり従来のインド映画ど真ん中の作品ではないか。