実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『苦役列車』(山下敦弘)[C2012-01]

T・ジョイ出雲で、山下敦弘監督の『苦役列車』(公式)を観る。

苦役列車(初回限定生産版)(Blu-ray Disc)

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  • 原作は西村賢太の小説。未読なので、純粋に映画として観た。
  • 19歳の日雇い労働者・北町貫多(森山未來)が、同じ職場でバイトしている専門学校生・日下部正二(高良健吾)、行きつけの古本屋でバイトしている大学生・桜井康子(前田敦子)とお友だちになるが、結局ふたりとも失ってしまう話。最後に小説を書きはじめるけれども、貫多がぜんぜん成長しないのがいい。
  • 日雇いのバイト先は芝浦の倉庫で、いつも水が近くにある。冬の海で泳ぐシーンや、大雨の中、貫多が康子を待ちぶせするシーンなど、水や水辺のイメージが印象的。
  • 共感や感情移入を拒絶するような主人公に、『仁義の墓場』の渡哲也を連想した。ただし、渡哲也のように関わった人たちをとことん不幸にするわけではなく、単にかなり鬱陶しいだけである。貫多は他人との距離の取り方がよくわかっておらず、ちょっと親しくなると個人の領域にずかずか入り込み、婉曲な拒絶のサインには気づかない。たまにいるタイプだが、やたらとプライドが高いところがユニーク。しかも、中卒や日雇い労働者自体は差別的に見ていて、自分だけは違うと思っている。自分のミスでコースを外れたのではないという思いがそうさせるのだろう。共感はできないけれども、独特な生活信条みたいなものが確固としてあるのと同時に、ふつうの19歳と変わらないようなところもあって、客観的にみるとなかなかおもしろい人物だった。
  • 物語の舞台は1986年の東京。『モンガに散る』、『サニー 永遠の仲間たち』と同じ1986年。だいたい同じ年頃の登場人物たち。台湾や韓国とは違って日本の1986年は特別な年ではないと思うが、いま1986年がブームなのか? 日本の1986年の青春がいちばん暗くて、他のふたつのようにキラキラしてはいないが、貫多にとっては十分キラキラした年だったのかもしれない。
  • わかりやすい社会的背景みたいなものは描かれていないが、やはり直接知っている場所だからか、この映画の1986年がいちばんリアルに感じられた。女の子のファッションなど、当時作られた映画よりもリアルだ。
  • 貫多はかなり役づくりしていると思うけれど、森山未來というひとを初めて見たので、そのあたりについてはわからなかった。正二はなんと高良健吾だと気づかなかった。見たことのあるような顔だとは思ったのだけれど、顔や髪型やファッションがいかにも80年代の大学生っぽかったので、そういう名の知れた人という気がしなかったのだ。ちょっとこわいものみたさだった前田敦子はなかなか悪くなかった。顔がユニークだし、歌ったり踊ったりしているよりも(そっちは見たことないけど)女優のほうがいいのではないかと思った。
  • 役としては正二がかなりナゾだった。いかにもいそうな感じと書いたけれど、うちの大学だったらまず下から上がってきた人の雰囲気で、上京組には見えない。育ちもよさそうだし、家賃6万円の部屋に住んでいて実家もそこそこ裕福そうだし、特に金が要りそうでもない彼が、なぜ毎日日雇いのバイトをしているのかわからない。専門学校って大学みたいにサボってばかりいたらついていけないイメージだし、マスコミ志望の大学生の彼女ができるという展開からしても、専門学校生という設定自体が不自然に感じた。
  • 印象的だったのは、貫多の一人称が「僕」で、正二の一人称が「俺」だったこと。1986年の19歳ならたぶんほとんど「俺」だと思う。貫多の「僕」は、彼の高いプライドと関連があるような気がする。