実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『甘い罠(Merci pour la Chocolat)』(Cluade Chabrol)[C2000-43]

シアター・イメージフォーラムの「クロード・シャブロル未公開傑作選」(公式)で、『甘い罠』を観る。観終わったあと、ココアが飲みたくなる映画。睡眠薬や毒が入っていても知らないけれど。

取り違えられたかもしれない赤ちゃん、出生の秘密、継母にピアノのコンクール。まさしくフランス版赤シリーズの趣。もちろん、雰囲気はまるで異なるが。

映画は、チョコレート会社社長のミカ(イザベル・ユペール)と、ピアニストのアンドレ(ジャック・デュトロン)の結婚式のシーンで始まる。パーティの客たちのたわいのないおしゃべりから、ふたりは一度離婚して今回は二度めの結婚らしいとか、彼らにまつわるいろんなことが少しずつわかるという構成がまずおもしろい。

主な登場人物は、このふたりと、アンドレの連れ子(亡くなった二番めの妻リズベットとの子供)のギヨーム、ギヨームと同じ日に、同じ病院で生まれたピアニスト志望のジャンヌ(アナ・ムグラリス)。母親たちが語った出生時のエピソードから、自分は取り違えられたアンドレの子供かもしれないという口実でジャンヌがアンドレの家を訪ね、彼からピアノのレッスンを受けることに成功する。

生まれた瞬間に「女の子ですよ」とか言うはずなので、男女間の取り違えの可能性はほとんどないと思われる。しかし、親はどちらも優秀なのに、ジャンヌとギヨームは対照的。ジャンヌは音楽以外にも何でもソツなくこなし、おまけに美人。いっぽうギヨームは、見た目も勉強もぱっとせず、音楽の才能もない。ピアニストの卵であるだけでなく、リズベットの面影さえも感じさせるジャンヌは、アンドレの子供ではないかとみなに思わせてしまう。

主な舞台はこのアンドレとミカの家。最初は特にどうという感じもしないのに、ジャンヌがこの家に入り込み、かきまわそうとするにつれて、ただならぬ気配が漂いはじめる。繰り返し流れるリストの『葬送』も、最初は単なる練習中の課題曲と思われたのに、死の匂いがたちこめてくるにつれて、意味をもちはじめる。そしてミカが不気味な愛想よさを捨てたとき、その裏にある悪の素顔が覗く。ユペールが苦手なわたしだが、今回はわけのわからない悪を体現していて、さすがの存在感だった。アナ・ムグラリスもなかなかよかった。