バンガロールに来ちゃったの

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『黒眼圏(鄢眼圏)』(蔡明亮)[C2006-27]

3時前に出京。有楽町でちょいと買い物をしてからマリオンへ。さすがに5時前にはおなかがすかないので、晩ごはんはあとにする。まずクロージング・セレモニー(閉会式って言えよ←って去年も書いていた)がある。最優秀作品賞はジャムシェド・ウスモノフ(Djamshed Usmonov)の『天国へ行くにはまず死すべし』[C2006-25]、審査員特別賞は應亮(イン・リャン)の『アザー・ハーフ』[C2006-24]。賞なんて審査員次第だから、意見が違うからといってどうこう言おうとも思わないが、「なんで「『ワイルドサイドを歩け』[C2006-26]が無冠なんだ?」というのが正直な感想。應亮監督は「次回作を副賞で貰ったフィルムで撮るかどうかはわからない」とスピーチしていたけれど、ぜひともフィルムで撮ってほしいものだ(それにしてもフィルメックスに協賛しているコダックは偉いな)。資金の問題が大きいのだろうとは思うけれど、たぶんこの世代にはフィルム至上主義みたいなものはもうないんだろうなとも思う。

東京フィルメックス十本目、最後のクロージング作品は、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の新作『黒眼圏』。蔡明亮の出身地、マレーシアが舞台ということで、またまたマレーシア。マレーシア映画の盛り上がりによって、みんながマレーシアに吸い寄せられているんだろうか。再び澳門(マカオ)からマレーシアに引き戻されそうで心配だ。

映画は、李康生(リー・カンション)をめぐる複数の男女の物語。でも別の見方をすれば、主人公はマットレスで、マットレスがKL(クアラルンプール)をあちこち移動するロードムービー

蔡明亮の映画は、どれも説明が少ないけれど、これまでは、たとえば前作を観ていることで家族関係が簡単に了解されたり、『楽日』[C2003-03]のように映画中映画を観ていることでわかることがたくさんあったりしたのだけれど、この映画は本当に説明がない。そもそも李康生や陳湘蒞(チェン・シャンチー)がなぜマレーシアにいるのか、マレーシア人なのかそれとも移住とか出稼ぎとか旅行とかで来ているのかすらもはっきりとはわからない。何の説明もないまま、いつもにもまして厳格なフィックスの長回しによって物語は進んでいく。だから最初のうちは、蔡明亮もマレーシアもフィックスの長回しも好きだけど…とつぶやきつつ、ついに蔡明亮は、私のついて行けないところへ行っちゃったんじゃないか、などと心配になったりもした。でも観続けていてふと気づいたらちゃんとついて行っていて、しかも魅了されていた。終わったらもう一度観たくなった。来春公開のようなので、そのときはまた観に行きたい(その前に現地版DVDを買っちゃったら行かないかもしれないけれど)。

蔡明亮は、これまでもゴキブリ病の流行(『Hole』[C1998-28])だの深刻な水不足(『西瓜』[C2005-16])だの、いくつかパニック映画を作ってきた。今回はマレーシアのヘイズを背景に取り入れている。もはやパニック映画の巨匠といえよう。これまでのような架空の想定ではなくて実在する問題だが、どの程度まで実情を反映しているのかはよくわからない。マスク不足など、SARS騒動などから連想して空想を膨らませているところもあるように思う。咳き込んでしまっていっこうに進まないヘイズの中でのベッドシーンは、滑稽であると同時に生々しい。災害に見舞われたからといって日々の営みを休んでしまうわけではなく、人々はその中でも普段どおり恋愛したりしているんだということが、すごくリアルに感じられた。

マレーシアの蒸し暑い空気感はかなり出ていたと思う。舞台はKLのようだが、「ここあクアラルンプールのどの辺でしゃあ」「端の方よ…」という感じである。チャイナタウンではなく、移民や出稼ぎ労働者が多そうなところで、場末感が漂う。華人経営のコーヒーショップに、あんなに華人以外の客がいるのを私は見たことがない。すごく印象に残る廃墟のビルは、プドゥ刑務所の脇ということなので、あのあたりなら別に場末でもないように思われるが。

ひとつ気になるのは、この映画はヨーロッパの資本が入っていることである。蔡明亮の映画は、ヨーロッパの資本が入ると肌触りがいつもと微妙に違うように感じられるからだ。うまく言葉にできないが、猥雑さみたいなもの、具体的で汚くて生々しいものがちょっと少なくなるように思うのだ。同じものを撮っていても(キャメラもいつもの廖本榕(リャオ・ベンロン)なのに)、何か一段抽象的になったような雰囲気。私は台湾映画として撮られたものの生々しい肌触りのほうが好きだ。

上映後、主演の陳湘蒞をゲストにQ&Aが行われた。ここ三作続けて蔡明亮作品のヒロインを演じているが、どれもその美貌を強調することなく、こぎたない格好をさせられている。そのせいか、今日は本来のキュートさを思う存分見せつけるべく、気合の入った白いワンピース姿で登場。知性を感じさせる回答と、クリアに発音される美しい北京語が印象的だった。

すべてが終わるともう8時半。最後なので締めとしてMeal MUJIで晩ごはんを食べて帰る。前の回は3時半には終わっているので、もう少し早く始めてほしいし、できることなら上映を一回分減らして、午後の早い時間から閉会式をしてほしいと思う。