実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『エッセンシャル・キリング(Essential Killing)』(Jerzy Skolimowski)[C2010-60]

シアター・イメージフォーラムで、イエジー・スコリモフスキ監督の『エッセンシャル・キリング』(公式)を観る。はづかしながら初スコリモ。去年の東京国際映画祭で観そこねたので、公開されてよかった。

別名「ヴィンセント・ギャロの雪山責め地獄」。ヴィンセント・ギャロ扮するアラブ人兵士が、雪の中をひたすら逃げ回る話。寒い、痛い、ひもじいという、わたしが恐れるもの三点責めの83分。

実は途中までいまひとつノレなかったのだが、劇場の暑さを映画の中の寒さが凌駕するにしたがって、だんだんおもしろくなった。とにかく走り続け、逃げ続けるのに、どんどん状況はひどくなる。もうどうしようもなくて泣いてしまうところなど、「ああ、こういうことあるよね」というすごい臨場感。いや、もちろんこんな体験はないけれど、たとえば何度デバッグしてもエラーが出るとか、原稿がほとんど完成していたのにアプリが落ちてすべて消えたとか、Wordの図がどうしても変な場所に飛んでしまうとか、映画に行きたいのに仕事が終わらないとか、そういうときの気分に似ている。スケールは違っても。修羅雪姫はもう逃げられないと観念して逮捕されるけれど、ギャロは観念せずに逃げ続ける。そりゃあそうだ。相手がアメリカ兵じゃ、何されるかわからないもの。

そこに登場する巨乳女性。その乳輪のデカさに驚愕(みんなそう思ったくせに、なんで書かないのさ?)。もっと驚愕したのは、彼女を見つけた男たちの会話。姿は写らず、声だけが聞こえる。「車にはねられたのかな?」「乳丸出しで?」。驚きとか戸惑いとか緊迫感とか、当然予想される感情が全く感じられない、すごくのんきな調子の会話。乳丸出しで? そう、乳丸出しで。

しかしいちばんの見どころは、口のきけない女性(エマニュエル・セニエ)に助けられる終盤からラストにかけてである。特に、ギャロが白い馬に乗って彷徨い、赤い血が白い雪や馬を染めるところから、やりきれなさと達成感をともに感じさせるラスト。このために今まで走ってきたんだと思った。

ところで、さんざん台詞がない、台詞がないと脅されているこの映画だが、ご安心ください、台詞はちゃんとあります。ギャロにないだけ。口のきけない女性にもないけど。