実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『テイク・ディス・ワルツ(Take This Waltz)』(Sarah Polley)[C2011-40]

Bunkamura ル・シネマで、サラ・ポーリー監督の『テイク・ディス・ワルツ』(公式)を観る。

テイク・ディス・ワルツ [DVD]

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  • サラ・ポーリーってだれかと思ったら、『スウィート ヒアアフター』のニコールなんですね。そう聞くと興味がわく。
  • 高峰三枝子佐分利信と結婚したけれども、ときめきが足りないので徳大寺伸と不倫をするが、徳大寺伸もいつまでも酔わせてはくれませんでした、というお話。
  • 満ち足りているんだけれどもときめきが足りないという、だれもが「あるある」と思う話なのかと思ったら、ヒロインのマーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)はちょっと情緒不安定で、しかも「わたしってそういう子なの」というタイプだったので、それほど共感はしなかった。不倫相手のダニエル(ルーク・カービー)がぜんぜん魅力的ではないので、彼に惹かれていくところでも醒めてしまう。
  • リアルだと思ったのは、マーゴがいまどきのモードチェンジしない女性であるところ。ひと昔前の女性は、結婚したり母親になったりしたらモードチェンジしてファッションもそれらしくなり、やがておばさんらしくなり、おばあさんらしくなったが、今は心構えも見た目もぜんぜん変わらない人が多いし、ファッションも20歳から60歳くらいまであまり変わらない。そのことはすごく肯定的に捉えているけれど、そうすると何か若い気分みたいなものをずっと持ち続けているぶん、諦められないとか満たされないとか感じやすいのではないかという気がする。カナダの女性もそうなのかわからないし、マーゴは28歳くらいという設定だからまだ十分若いのだけれども、チェックや花柄のかわいいファッションを見ながら、同時代感みたいなものを強く感じた。
  • 印象に残っているのは、マーゴが元夫のルー(セス・ローゲン)と再会して別れるシーン。この夫婦は相手にしてあげたい残虐行為を考えて言い合うのが日課だったので、ルーは最後の最後にマーゴを呼び止めてそれを言う(グレープフルーツ用のスプーンで君の目玉をえぐりたい、だっけ)。おそらく彼にとっては毎日のこのゲームが彼女との幸せな生活の象徴だったので、このひと言に賭けていて、もしここでマーゴがウィットの効いた答えを返したら、「許すから戻ってきて」と言ったと思う。しかしマーゴの答えは‘me, too’。それは考えるのを放棄している(=もうルーのことはどうでもいい)ともとれるし、単にこのときは考える気力がなかったともとれるし、彼女にとってはこのゲームがルーにとってほどには意味をもっていなかったともとれる。彼女が何気なく口にしたひと言がもたらす決定的な空気が、典型的な郊外のいかにも平和で退屈そうな感じとあいまって醸しだすやるせなさが忘れがたい。
  • 終わりかたが寂しすぎるという感想も聞くけれど、わたしはなかなかいい終わりかただと思った。マーゴがこのことから何かを学んだのかどうかも、これから彼女がどうするかもわからないけれど、安易に夫のもとに戻ったりせずに、自分の行動の責任やそれがもたらした寂しさを自分ひとりで引き受けていこうとしているように見えたから。
  • セス・ローゲン演じるルーは、デブだけどなかなかいいダンナさんだった。一見「鈍感さん」だけど実はちゃんと見ているところも佐分利信的だったりする。
  • 音楽は、遊園地でかかっている“Video Killed the Radio Star(ラジオスターの悲劇)”と、主題歌的に使われているレナード・コーエンの“Take This Waltz”が印象的。レナード・コーエンって映画に使われている曲しか知らないけれど(これで3曲め)、聴くとすぐわかるよね。