実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『むかし男ありけり』(木村栄文)[C1984-46]

オーディトリウム渋谷の特集「公開講座 木村栄文 レトロスペクティブ」(公式)で、『むかし男ありけり』を観る。20年以上前のテレビドキュメンタリーだから、スクリーンで観るとひどい画質だけど、それでもなお美しい作品である。

ポルトガルサンタクルス、福岡市能古島など、檀一雄が晩年住んだところを高倉健が訪ね、ゆかりの人に話を聞くドキュメンタリー。かつて仕事でポルトガルを訪れた健さんは、檀一雄のエッセイを思い出してサンタクルスに行ってみたことがあるらしく、おそらくそれが彼が起用された理由だろう。バラバラに構成された健さんの旅の映像、当時の檀一雄の写真、晩年の彼を知る人々が語る檀一雄像、高倉健というフィルターを通して出てくるコメントが混在している。

檀一雄の作品は全く読んだことがなく、名前程度しか知らない。もし読んでいたら、そして関心をもっていたら、さらに興味深い作品であると思う。しかし同時に、そんなことはあまり関係ない気もする。これは檀一雄のドキュメンタリーであると同時に、健さんのドキュメンタリーでもある。つまり健さんを見るためのものである。この作品は、サンタクルスの教会のシーンから始まるが、健さんは最初、教会の窓から小さく見えるサングラスの男として登場する。かっこよすぎる。

そしてまたこれは、高倉健という俳優が演じる主人公が、ある作家の足跡を訪ねる作品という見方もできる。小説の主人公のことをあらかじめ知っている必要がないように、別に檀一雄のことを知っていたり、本を読んでいたり、ファンだったりする必要はない。そんな、フィクションのように楽しめる作品でもあると思った。だから、観終わって、とりあえず『火宅の人』を読んでみようと思ったり、別にそんなことしなくていいと思ったり。

檀一雄ゆかりの人のなかでは、おかあさんがいちばん強烈でおもしろかった。サンタクルスではほとんど誰も彼が有名な作家だと知らず、しかし教養の高い男だと思われて「先生」と呼ばれ、いっぽう能古島では、みんなが彼を「壇ふみの親父」とみなしていた、というのもおもしろかった。