実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ニーチェの馬(A Torinói ló)』(Tarr Béla)[C2011-32]

シアター・イメージフォーラムで、タル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』(公式)を観る。

ニーチェの馬 [DVD]

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ニーチェの馬」のその後を描いた映画という解釈の人もいるようだが、ニーチェの馬の話から着想を得た映画であり、ニーチェの馬そのものではないと思う。1889年というのはだいたいそんな感じだけど、トリノには見えないし、ハンガリー語(たぶん)をしゃべっている。

暴風が吹き荒れる荒野、丘の上に立つ一本の木、窓からそれを眺められる家というロケーション。淡い日とランプの灯りによる光と陰が、時間の移ろいを表す美しいモノクロームの映像。徹底した長回し。吹きすさぶ風の音と陰気で単調な音楽。このあたりかなり完璧。

154分かけて描かれるのは、世界が少しずつ崩壊していく6日間。右手が不自由な父親と娘と馬の、変化を望まないシンプルな生活は、長いあいだ繰り返されてきたはずだが、その日常はもはや繰り返されない。2日め、荷馬車を引くべき馬は動かず、隣人がやってきて「町は風にやられた」と語る。3日め、馬は餌を食べず、アメリカへ行くというジプシーを乗せた馬車がやってくる。4日め、井戸が涸れ、一家は引っ越しを試みるがまた戻ってくる。5日め、太陽は隠れ、ランプには火がつかず、火種も消える。6日め、暴風は止み、世界は静寂に包まれる。それでも光は必ず訪れる、たぶん。

娘を演じるのは、あいかわらず油のぬけた感じが魅力のボーク・エリカ。ジプシーたちが彼女を見て「若い娘だ」と言うときの違和感がたまらない。彼女のことは「エリカ様」と呼びたい。

映画を観終わると、素朴な木の食器で、塩をふっただけの茹でじゃがいもが食べたくなる。じゃがいもを洗いもせず皮もむかないシンプルな料理は、主婦の強い味方である。ついでにいうと、茹であがったじゃがいもを最初から皿に取り分ければ、片づける食器がもうひとつ減るのにと思った。