実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『恋曲(こいうた)(戀曲)』(張贊波)[C2010-77]

ポレポレ東中野で開催されている中国インディペンデント映画祭2011(公式)で、張贊波(チャン・ザンボー/ジャン・ザンボー*)監督の『恋曲』を観る。

湖南省長沙市のカラオケ店で働いている、けっこうかわいい女性・惠子に密着し、恋人の維特との関係に悩む彼女を描いたドキュメンタリー。中国のインディペンデント映画とかドキュメンタリーとかいうと、すぐに「中国の闇」とか「経済発展の歪み」とか「政治的な抑圧」とか、知った風にまとめられてけっこう違和感を感じるのだけれど、これは普遍的な男女の恋愛を描いていて楽しい(そりゃあもちろん中国の話なので、当然中国ならではの問題点みたいなものもあるし、なければつまらないけれど)。

ダメ男にハマって尽くす女性というのはわたしの理解の外にあり、ぜんぜん共感できないが、そのような女性をヒロインとする映画は多い。そんな映画を観るときのわたしなりの尺度として、ヒロインにイライラしたり、「こうすればいいのに」と思ったりさせられる映画はダメで、共感はできないけれど客観的におもしろく観られる映画はマル。この尺度にしたがえば、この映画はマルである。

カメラはずっと惠子に密着していて、彼女は自分の心情を吐露したり涙を見せたりするから、監督とのあいだにかなりの信頼関係があると思う。しかし、カメラは常に彼女に寄り添っているのに、決して彼女に肩入れせずに、客観的に彼女のことを見ている気がする。客観的に冷たく見ているというのではなく、あたたかく見守っているけれども味方はしない、というか、その距離感が絶妙だと思う。惠子は、独り言ともカメラに向かってとも監督に向かってともとれる感じでしゃべっているのだが、一度「ひとりで○○へ行ってきたの、誰も一緒に行ってくれないから」みたいなことを言って、監督が「僕が一緒に…」と言おうとしたら「贊波はいいのっ」という返事が返ってきて、(そのココロはよくわからないながら)なんか和んだ。

相手の男・維特はなかなかカメラの前に登場しないが、「バツイチだと言っていたのに、実はまだ離婚していなかった」「離婚証明は失くしたと言っていた」「彼に1万元貸している」といった話を聞くと、典型的なダメ男で、ぜったいにロクでもない男に違いないと思わせる。惠子は「彼にはいいところが何もない、顔だってよくないし」などと言うが、実際は「こういう男に騙されるんだよな」という感じの、わりとかっこいい男が出てくるんだろうと思っていた。ところが、ほんとうに離婚したところで満を持して登場した彼は、ほんとにかっこよくなくてびっくりした。少し小太りで頭ボサボサで目が細くて、まさに三上真一郎である。

わたしは自分がダメ男にハマるという危険は全く心配していないので、映画に出てくるダメ男は、恋愛等の対象としてではなく自分を重ねあわせる対象として見て、けっこう共感することが多い。『浮雲[C1955-01]森雅之も、『父子』[C2006-14]の郭富城(アーロン・クォック)も、「あぁ、わかるわー」と思ってしまうのだが、この三上真一郎は彼らに比べたらワル度もたいしたことなくて、さらに共感できる。出てくる前の印象に比べたら、そんなに惠子をないがしろにしているわけでもないし、別れた妻とさっさと無縁になれないのもわかるし、なかなか愛すべき人物であった。

しかし、惠子は三上真一郎と結婚したくて、三上真一郎は誰とも結婚する気がない。惠子はそれをはっきり言えなくて、再三「今後のこと」「将来のこと」と言い、三上真一郎はひたすらわからないふりをする。そんなふうにして、ふたりのすれ違いが決定的になっていく様子が描かれ、気の毒だけどおもしろい。

タイトルが『恋曲』となっているように、この映画には惠子や維特がカラオケで恋の歌を歌うシーンが挿入され、その歌の歌詞が彼らの気持ちを表している。この構成自体おもしろいが、さらに、歌うシーンの最後に、カラオケの映像の最後に出るクレジットの画面が写され、これによって今の曲が何かがわかるのがおもしろかった。歌われる曲は5曲で、鄧麗君(テレサ・テン)の“我只在乎你”(『時の流れに身をまかせ』の北京語ヴァージョン)、張學友(ジャッキー・チュン)の“一路上有你”、裘海正(チウ・ハイジョン*)の“愛我的人和我愛的人”、劉徳華(アンディ・ラウ)の“謝謝你的愛”。残念ながら5曲めは憶えきれなかった(どなたかご存じの方がいらっしゃいましたらご教示ください)。そしてエンディングでは、惠子が歌う羅大佑(ロー・ターヨウ/ルオ・ダーヨウ*)の“戀曲1990”が流れる。中国映画(特にインディペンデント系)では、なぜか“我只在乎你”と“戀曲1990”の人気が高い。
【追記】5曲めは、關澤楠(グワン・ゾーナン*)の“這一生回憶有你就足夠”であると、《廃話!〜もっとチラシの裏に書いとけよ!〜》(LINK)のmaikoさんに教えていただきました。ありがとうございました。