実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『TATSUMI(TATSUMI)』(邱金海)[C2010-72]

TOHOシネマズシャンテで、邱金海(エリック・クー)監督の『TATSUMI』(東京国際映画祭/公式(英語))を観る。第24回東京国際映画祭のアジアの風部門アジア中東パノラマの一本。

劇画の父・辰巳ヨシヒロの伝記アニメーション。マンガというものをほとんど読まないので、辰巳ヨシヒロという名前は聞いたことがなかった。基本的にアニメーションは観ないし、20時以降の上映もパス。なのにこの映画を観たのは、監督が邱金海だからにほかならない。

小学生で終戦を迎え、漫画家を志し、デビューして活躍し、やがて劇画という概念を提唱するといった辰巳の半生を淡々と描くなかに、彼の作品が三つくらい挿入されている。それらの作品の主人公は、原爆の写真を撮って有名になった男だったり、定年退職を迎えた男性だったり、辰巳本人とは年齢も境遇も異なる。しかしながら、伝記の部分からは十分にはわからない、その当時の時代の雰囲気というものを、これらの作品が強烈に呼びこんでいる。

劇画というものを見たことがなく、劇画=エロ漫画というイメージをなんとなくもっていたが、絵のタッチとかエロ描写とかではなく、内容がシリアスで、短篇小説のような味わいなのが新鮮だった。ふと気がつくと、かつて劇画的なものを思い浮かべていたエロ漫画のイメージは、今ではかわいい顔にデカい胸のロリータアニメ的なものに変わっている。劇画というもの自体が、もしかしたら戦後の昭和を象徴するような、失われつつあるものなのかもしれない。

おそらく辰巳ヨシヒロに興味がある人はたくさんいると思うし、台詞も日本語だし、映画の完成度も高い。これを日本公開しないのはもったいないと思う。ただ邱金海にとっては、これが日本初公開作になるのはあまりいいことではないような気もするのだけれど。