実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『鉄砲玉の美学』(中島貞夫)[C1973-28]

同じくシネマヴェーラ渋谷の特集「中島貞夫 狂犬の倫理」(公式)で、『鉄砲玉の美学』を観る。

ヤクザの美学とはちょっと違う鉄砲玉の美学を描いた映画、かと思ったら、その鉄砲玉の美学さえぜんぜん全うできず、かっこ悪く生きてかっこ悪く死ぬ男の物語であった。主演は渡瀬恒彦

東映ではなくATGの製作で、全体を覆っているインディーズっぽさというかチープさというか身軽さというかそういったものが、チンピラの渡瀬恒彦の存在の軽さとうまくマッチしている。関西の暴力団・天佑会の九州進出の足がかりに、渡瀬恒彦が鉄砲玉として抜擢され、宮崎に送られるのだが、そういった背景は、相談する幹部たちの声だけで表現されている。それらをドラマの一部として描く手間が省けるだけでなく、バックにある組織を正面から描かないことで、渡瀬恒彦個人の物語になっているのがユニーク。クレジットを見たところでは、声の出演の幹部たちはけっこうたくさんいたのだが、全部、そのひとりの遠藤辰雄の声に聞こえてしまい、いかがわしさも倍増。会話が大阪弁であることも、この手法が成功している理由のひとつだと思う。

宮崎へ着いた渡瀬恒彦は、ホテルの鏡の前で「わいは天佑会の小池清や」と渋く名乗る練習を重ね、それなりにキマるようになる。しかし、夜の街で暴れたり、地元組織の幹部・小池朝雄の経営するクラブで凄んだりするものの、足がガクガクしたり手がぶるぶる震えたり。小池朝雄の女・杉本美樹が近づいてきたら、すっかり騙されて敵の時間稼ぎを許してしまう。こんな情けない渡瀬恒彦に、いい女が「最高の男」とか言ってくれて、服を脱いで待っていてくれるなんてことはあるはずがないのに。さらに彼は、霧島に登りたいという考えに取り憑かれ、鉄砲玉としての仕事をないがしろにする。

結局、杉本美樹都城で遊び呆けているあいだに形勢が不利になり、天佑会は九州進出を諦めて渡瀬恒彦は不要な存在になる。鉄砲玉は敵に殺られてナンボなのに、生きて帰ることになったと思ったら、最後はヤクザの抗争とはぜんぜん関係のないところで、警官に撃たれて死ぬ。この、お役御免になってからの描写が秀逸で、腹から血を流して泣く渡瀬恒彦の長いショットとか、霧島へ向かう観光バスでひっそり死ぬところとか、山を登っていくバスのロングショットとかがとりわけよかった。こんな内容なのに、都城市観光協会だったかが協力しているところもいいが、たしかにこの映画を観たら、霧島へ行ってみたいような気にならないこともない。

女性陣は、杉本美樹よりも、渡瀬恒彦と同棲している風俗嬢・森みつるが印象に残る。いつも麺類をずるずると食べているたくましい雰囲気の一方で、妙に薄幸オーラを発散している顔がよかった。