実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『車夫遊侠伝 喧嘩辰』(加藤泰)[C1964-19]

シネマヴェーラ渋谷(公式)の特集「加藤泰傑作選」で、『車夫遊侠伝 喧嘩辰』を観る。2回めだけどほとんど憶えていなかった。前回は、コミカルな味わいや心情をしゃべりまくる内田良平に馴染めないでいるうちに、寝てしまったのだと思う。今回は睡魔などにとりつかれる暇もなく、楽しく観賞した。

内田良平が主役の映画なんてけっこうめずらしいと思うが、これはやはりミスキャストだと思う。主人公は、威勢がよくて自分に嘘がつけない青臭い若者だが、演じている内田良平は成熟した男にしか見えない。このとき内田良平40歳くらい。無理もない。しかも純情でウラオモテのない男って、内田良平のイメージから果てしなく遠い。

ヒロインは桜町弘子。桜町弘子は、すごく美人というわけでもないし、すごく色っぽいというわけでもない。目の焦点が合っていないようなところが魅力の、どちらかといえばかわいいという範疇に入る女優だと思う。しかしかわいらしい役はあまりやっておらず、芸者でもヤクザでも、姐さんという感じの凛とした役が多い。今回も役柄的にはそうだが、かわいらしさが際立っている。内田良平に川に落とされたあと、曽我廼家明蝶たちが内田良平を問い質す長回しのシーンで、彼女が画面の向かって右端にずっと映っていて、その表情の変化がすごく楽しかった。

ひとことで言うと、内田良平と桜町弘子がなかなか結婚できないという話。全体的にコミカルな味わいだが、河原崎長一郎藤純子の話がうまくまとまって、ちゃっかりダイヤモンドまでもらって、観客の気が緩みまくったところに突如悲劇を投入するあたりが油断ならない。

コミカルななかにひとり大真面目で、そのため存在自体がコミカルなのが大木実。妙なロン毛の柔道家で、自分が弱いから近衛十四郎に負けたのに、逆恨みしてヤクザになるヘンな奴。ぜんぜん笑わず、頬をぴくぴくさせたりしているのがなかなかよい。内田良平と同じく東京から大阪に流れてきたのだが、内田良平が江戸っ子風なのと対照的に東京風。妹が女高師の学生だから、大木実もインテリなのだろう。ヤクザになっても終始「僕」。大阪なのに「僕のメンツはどうしてくれるんだ」。浮きまくりである。ちなみにわたしは「僕」と言う男性が好きだ。しかし、東京を捨てて大阪に流れてきた者同士(同志じゃないよ)なのだから、内田良平大木実はもう少し相通じるものを感じ合って(アヤしい雰囲気になって)もいいのでは。

ほかには、徳大寺伸が重鎮役で出ていてなかなか渋い。近衛十四郎は、松方弘樹よりも船越英二に似ている気がするのだが。

舞台は明治末期の大阪で、大阪駅前が頻繁に出てくる。その風景は嘘っぽく見えるけれど、初代大阪駅の写真を見るとちゃんと再現しているようだ。シベリア様式みたいな装飾もほんとうにあったのか。