実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『奇跡』(是枝裕和)[C2011-01]

T・ジョイ出雲で是枝裕和監督の『奇跡』(公式)を観る。前半は、両親の離婚によって福岡と鹿児島に別れて住む兄弟の、それぞれの日常が並行して描かれる。後半は、兄弟とその友だち総勢7人が、奇跡を求めて九州新幹線がすれ違うのを見に行く冒険が描かれる。

ひとことで言うと軽羹のような映画。劇中、一度菓子屋をたたんだ橋爪功が、もう一花咲かせようと試作する軽羹は、みんなから「ぼんやりした味」と評される。まさしくそんな味わいの映画。やがて孫の前田航基は、「ほんのりした甘さがクセになる」と、「大人の味がわかる」発言をするのだが、わたしにはちょっと甘すぎると思った。出てくる人がみんないい人で、偶然出会った老夫婦が子供たちを一晩泊めてくれるなど、すごくいい話だけれども、ちょっとできすぎで嘘っぽいと思ってしまう。

主人公の兄弟の造型はなかなか興味深い。兄の前田航基の願いごとは、「また家族4人で暮らしたい」という卑近なものだが、「家族4人で仲良く暮らす」というのは、実はこれまでにあったことのない、これからもあり得ないものであるという現実には、頑なに目をつむっている。弟の前田旺志郎は、「仮面ライダーになりたい」という非現実的な願いごとを口にするいっぽう、「家族4人で仲良く暮らす」ことがあり得ないことを十分理解しているため、そんな無茶な望みはもたない。兄は、ありきたりな「家族神話」みたいなものに囚われているため、現在の生活になかなか馴染めず、いまの異常な状態を象徴するかのような桜島を憎んでいる。弟はもっと自由で、父との気ままな暮らしを積極的に受け入れる。兄の属する仲良しグループは男3人だが、弟の属する仲良しグループは男女4人(最後までよくわからなかったけれど、磯邊蓮登って男の子なの?)なのもおもしろい。

子供たちの演技が自然でいいと言われていて、それはたしかにそうだけれど、清水宏侯孝賢(ホウ・シャオシェン)を見続けてきた目には、特筆するほどではないなと思ってしまう。ただ、友だちの前で自分の願いごとを語るところが、妙にナマナマしくドキュメンタリータッチなのがおもしろかった。知らずに観たけれど、弟の友だちの美少女を演じていた内田伽羅って、モッくんの娘だったのか。子供以外のキャストでは、兄弟の母親役の大塚寧々と、内田伽羅の母親役の夏川結衣がけっこう歳をとっていてヤバいと思った。

ディテールはなかなか楽しい。夏川結衣がやっているスナックの名前はルナ。鉄道にトンネルに子供たちに田舎の景色という組み合わせは、侯孝賢映画を彷彿させる。最初のほうには、若尾ちゃんがくねくねしてそうなトンネルも出てきた。前田旺志郎が最後に父親のオダギリジョーに世界とは何かと問いかけるけれど、『世界』は賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の映画だよね、やっぱり。

九州新幹線の全線開業ありきな話なので、JR九州とのタイアップ企画のいかにもなわざとらし感が漂っているのが気になるところ。鉄道映画は好きなのに、ワクワク感よりもわざとらしさを感じてしまうのは、「九州新幹線? そういえばあったな」という程度にしか関心がないせいかもしれない。名前がさくらとつばめだなんて初めて知りました(さくらと一郎なら知ってる)。

ところで、クライマックスで新幹線がすれ違うのを見るためにトンネルに行くのだが、なぜトンネルだと新幹線が見えるのか、子供たちがいたところとトンネルの関係、そもそも何のトンネルなのか…などぜんぜんわからなかった。前田航基がトンネルはないかと言い出したとき、友だちも老夫婦もなるほどという顔をしていたし、新幹線を見たあとで、友だちが「いいところに目をつけたな」と言っていたのだが、意味わかんないのでだれか教えてください。