今回のフィルムセンターの特集でいちばん観たかったのは成瀬の『なつかしの顔』だったのに、観るはずだった今日はフィルムセンターが休館となってしまった。一日早く帰宅して一巡めに観ていればと泣いても泣ききれない。しかし気をとりなおして(とりなおせないが)、新宿武蔵野館で陳駿霖(アーヴィン・チェン)監督の『台北の朝、僕は恋をする』(公式)を観る。
監督の陳駿霖は楊徳昌(エドワード・ヤン)の弟子ということだが、特に楊徳昌の映画には似ていない。しいていえば『カップルズ』[C1996-13]に似ている。それよりも、陳以文(チェン・イーウェン)の『Jam』[C1998-03]を連想させる。陳以文も楊徳昌の弟子だったはず。ちなみにこの映画のチラシおよび公式サイトは、ちゃんとスタッフ、キャストの漢字の名前が書いてあるのはいいが、「エドワード・ヤンを師事した新世代の映像作家」とかいうヘンな日本語を書くのはやめてください。
大好きな誠品書店が舞台になっているのがうれしいし、小津っぽいオープニングも、反復と差異的なタクシーのシーンも、ハッピーエンドのさりげなさもいいと思う。小凱(姚淳耀/ジャック・ヤオ)の日常が、誠品書店、手伝っている両親の店、自室、その間のバイク移動の繰り返しで描かれているのもいい。舞台が夜で、暗い外景を基調として、そこに洋服や書店の書棚や夜市の看板のカラフルな色あいが散りばめられているのもおもしろいと思う。70年代的雰囲気をまとった、一見マッチョな刑事の張孝全(ジョセフ・チャン)や、彼が夢中になっている、いかにもありそうな台語ドラマ“浪子情”など、ちょっとヘンなところもおもしろい。チョイ役ながら楊祐寧(トニー・ヤン)が出ているのもうれしい(チラシに全然名前がないけれど、彼の日本での人気ってそんなもんなの?)。
しかしながら、もうちょっと大局的なところで気に入らないところが二点。ひとつめは、この映画のキュートさをひとりで背負っているヒロイン、Susie(まずここで「なんでそんな名前なん?」と思う)を演じる郭采潔(アンバー・クォ)が、期待したほどキュートじゃなかったこと。チラシの横顔写真がかなり期待をもたせる雰囲気なのだが、実際は喋り方も含めて菊池桃子みたいで、ちょっとぶりっこすぎ、ちまちましすぎだと思った。
ふたつめは、物語の中心となる誘拐事件というか不動産屋がらみのドタバタが、あまりにもふざけすぎというかくだらなすぎること(柯宇綸(クー・ユールン)の怪演は楽しんだけれど)。ここにリアリティがなさすぎるので、お話全体が過剰にメルヘンチックになってしまっている。描かれているのは、誰にでも起こり得るような小さなロマンスなのに、途中からそういう日常性みたいなものから離れてしまって、等身大で楽しめなくなってしまった。上述したちょっとヘンなものの効果もうすれていると思う。ラストのダンスシーンもちょっと苦手かも。
一見おしゃれな雰囲気だけど、特におしゃれなところは出てこない。ロケ地は、誠品書店や、師大夜市や、大安森林公園や、台北捷運や、ふつうの路地や歩道橋。けっこうよく知っているようなふつうの台北。それが夜だったり路面が雨で濡れていたりして、よくいえばちょっと違った表情を見せてくれているが、悪くいえばうすい。監督がアメリカ育ちと聞いていちばん納得できるのが、この台北のうすさかげん。だから、いまひとつ「ああ、台北行きたい。ロケ地まわりたい」とは思わなかった。いちばん気になったのは小凱の両親のお店で、ここは正純小吃店というところらしい。誠品書店は、最後以外は東湖店がロケ地とのことで、ここは残念ながら行ったことがない。師大夜市もリピーターには好評の夜市だが、昼間通りかかったことしかないな。
ポップでキュートな台湾映画はそれはそれでたいへんけっこうだが、『愛が訪れる時(當愛來的時候)』[C2010-39]や『4枚目の似顔絵(第四張畫)』[C2010-10]もぜひぜひ公開してください。