実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『4枚目の似顔絵(第四張畫)』(鍾孟宏)[C2010-10]

東京国際映画祭6本めは、六本木ヒルズで鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の『4枚目の似顔絵』(TIFF紹介ページ)。アジアの風・【台湾電影ルネッサンス2010〜美麗新世代】の一本。父親を亡くした10歳の少年、小翔(畢曉海/ビー・シャオハイ)が体験するできごとを、4枚の絵(実際は3枚だが)に託しつつ、美しい映像で淡々と描いた映画。

かわいらしい少年に美しい景色といった情緒的なものと、陳玉勳(チェン・ユーシュン)監督を思わせるようなユーモア(う○こネタやち○○ネタあり)と、暗い社会的な問題とが、ものすごく自然に融合していることに感銘を受ける。小翔は冒頭で父親を亡くしてひとりぼっちになるので、彼の境遇は最初から不幸なわけだが、ユーモラスなシーンに和んでいるうちにどんどんシリアスさが増していき、暗い奈落に突き落とされる感じ。

この映画で描かれている社会問題のひとつは、新移民の問題。台湾といえば本省人外省人かというのがまず問われるけれど、今はこれに新移民が加わっているということを再確認させられる。この映画のなかでは、小翔の母親が新移民。最初に結婚した夫は、おそらくけっこう年配の外省人だと思われる。また、小翔を助けてくれる用務員のおじいさん(金士傑/チン・シーチエ)は外省人一世で、今度はじめて大陸(上海)へ帰る。

母親は、花嫁として斡旋されて大陸からやって来て、中華民国の身分証を得るのと同時に夫を捨てて家を出て、今は新しい家庭を築いているという設定。『小雨の歌』[C2002-10]にも描かれていたこういった問題は、おそらく実際にたくさんあると思われるが、台湾へ行けばいい生活ができるとなかば騙され、好きでもない男(いろいろ事情はあるだろうが、自力で妻を調達できない男)と結婚し、貧乏生活を強いられてきたのだから、一概に彼女たちを責めることはできない。また、妻を買わざるを得なかった男たちを一概に責めることもできない。

母親を演じているのは、『天安門、恋人たち』[C2006-46]の郝蕾(ハオ・レイ)。「北京語の発音が台湾人とは違う」という設定で、ちゃんと大陸の女優を起用していて芸が細かい。『天安門、恋人たち』では、とりわけ女子大生時代が印象的だった郝蕾だが、今度はいきなり母親、かつ水商売の女性の役。貫録のある水商売の女性でもあり、幸福を求める女性でもあり、苦悩する母親でもある、という役どころを堂々と演じている。

この映画で描かれているもうひとつの社会問題は、子供の虐待や家庭内暴力。継父(母親の再婚相手)は暴力的な傾向をもっており、徐々に恐るべき過去が明らかになる。彼は悪人といえば悪人だが、自分の犯した罪に対する後悔や死者に対する恐怖に苛まれて、狂気に陥りかけている。それによってさらに自分をコントロールできなくなり、衝動的に暴力を振るってしまうという弱い人間である。演じているのは戴立忍(レオン・ダイ)で、すごく陰鬱な感じですごくこわい(思わず小翔に暴力を振るってしまうところが特に)。すごい存在感。金馬獎では、郝蕾が最佳女配角に、畢曉海が最佳新演員にノミネートされているが、戴立忍も最佳男配角にノミネートされて然るべきだと思う(別に金馬獎に期待しているわけではないが)。

小翔の置かれている境遇にはぜんぜん出口がない。継父と母親のあいだ、母親と小翔のあいだには愛情がないわけではなく、継父も罪を犯して平然としているような人間ではないし、母親も小翔をひとりの人間として扱って事情を打ち明ける(それは10歳の子供にとっては重すぎることなのかもしれないが)。それだけに余計に、この一家の状況にやりきれなさを感じる。この一家がこのままなんとかうまくやっていくことはたぶん無理で、継父が逮捕されるか発狂するかという結末にならざるを得ないだろう。さらなる事件が起きる可能性もあるが、映画の終わりは継父の逮捕を予感させる。それはまたこの一家にとって重い試練だが、それがいちばん小翔が救われる道だろうと思う。

上映後、鍾孟宏監督をゲストにQ&Aが行われた。この映画は、小翔が父親と住んでいたところ、実母といっしょに暮らすところ、母親の一家が以前住んでいたところなど、いろいろな場所が出てくる。そのロケ地についての質問があったが、出てくる場所は特にどことは特定されていないようで、北から南までかなりいろいろな場所で撮影されているらしい。また、この映画の撮影は「中島長雄」とクレジットされているが、これは実は監督自身だということである。厚田雄春にしようかと思ったが、さすがにやばいと思ってやめたらしい。

監督のインタビューはこちら(LINK)。