昨日味をしめたので、今日も天野屋に寄って氷甘酒を食べてからアテネ・フランセ文化センターへ。「ヤスミン・アフマド監督作品特集」3本めは『細い目』。東京国際映画祭で観て以来の二度めである(前回の感想:id:xiaogang:20051026#p2)。続篇の『グブラ』[C2005-49]も観たし、イポーも再訪したし、ぜひとももう一度観たいと思っていた作品。
マレー人少女と華人少年の恋愛を描いたこの映画は、たしかにマレーシア映画史において、さらにはマレーシア文化史にとって、特筆すべき作品だと思う。ヒロインのオーキッド(シャリファ・アマニ)やその家族の人物造型も、何度観ても魅力的だ。しかしながら映画としての出来は、この作品以降の長篇5作(『ラブン』[C2003-31]はたしかテレビ用なのでちょっと別にしておく)の中でいちばん劣るように思う。
まず、ストーリーがドラマチックすぎる。ジェイソン/阿龍(ン・チューシオン)と仲違いしたまま、オーキッドがイギリスに留学して会えなくなってしまうというので十分だと思われるのに、なぜジェイソンが死んでしまう必要があるのか。また、空港へ向かう車の中でジェイソンの手紙を読んだオーキッドが、母親まで巻き込んでえんえんと大泣きするのがうざすぎる。おかげで、泣かされるはずのクライマックスで妙に醒めてしまう。
ヤスミン・アフマドの映画では、『ムクシン』(Yasmin Ahmad)[C2006-18]や『ムアラフ 改心』[C2007-39]のように、恋愛未満の関係の描写はとても生き生きとしているのに、この『細い目』にしても『タレンタイム』[C2009-18]にしても、両想いになってしまうとどうもいまひとつなように思われる。
また、ジェイソンの人物造型がどうもウソくさく、魅力に乏しい。“報告班長3”より『恋する惑星』が好きというのはたしかに魅力的だが、タゴールの詩を愛読していて、成績はかなりいいのにチンピラまがいのVCD売りで(いくらブミプトラ政策があるとはいえ)、ボスの妹を妊娠させて…というのは、どうも現実味が乏しい。なんだか理想の男性像と香港映画の観過ぎとがヘンに混ざり合ったような感じ。演じているン・チューシオンが見た目も存在感もいまひとつで、オーキッドが一目惚れするようには見えないのも原因のひとつかと思う。
それから、このあと『グブラ』を観る予定なので、今回はジェイソンのお兄さんにちょっと注目して観てみた。しかし出番も台詞もすごく少なく、やはりぜんぜん印象に残らなかった。