実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ムアラフ 改心(Muallaf)』(Yasmin Ahmad)[C2007-39]

つづいて「ヤスミン・アフマド監督作品特集」2本めは『ムアラフ 改心』。東京国際映画祭で観て(id:xiaogang:20081019#4)以来二度め。マレーシアでの公開が遅れ、まだDVDが発売されていないと思っていたので、今回これだけはぜったい観ようと思っていたが、いつのまにか出ていたので今朝注文した。でももちろん、映画も観る。

これは『ムクシン』の次くらいに、かなり好きな映画。「改心」なんて、わたしには無縁のけったいなタイトルがついているし、宗教が前面に出ているから一見重そうだが、ユーモアの頻度はかなり高い。なにより、主役3人の人物造型がすばらしい。

まずは華人青年ブライアン(ブライアン・ヤップ)。『細い目』[C2004-32]のジェイソンには今ひとつ魅力を感じなかったわたしだが、このブライアンはいい。顔は眼が細くて少しつり上がっていて、イケメンにはなりそびれているし、ヘンなバックルのベルトをしている点でアウトである。でもどことなく好感がもてるし、なんといっても性格がユニーク。幼少時のトラウマにより女性には臆病で、いくぶん歪んだ性欲をもてあましている。几帳面で、留守を頼まれたらせっせと掃除や洗濯をする。わたしは男性が家事をするところを細かく描いた映画や小説が大好きだ。村上春樹が好きなのもそのあたりに大きな理由があるが、なぜ村上春樹がウケるのかを分析した文章は多いのに(もっともロクに読んでいないが)、そこに言及したものは見たことがないのが不満である。

マレー人姉妹アニ(シャリファ・アマニ)とアナ(シャリファ・アリシャ)もいい。十代であんなに宗教に詳しいなんてリアリティはないかもしれないが、 知識が自在に繰り出され、大人を黙らせるところが爽快。アナの学校での態度も超クール。わたしはイヤな出来事を引きずらない性格だが、どちらかというと、「超ムカつく、許せない」と(アタマの中で)蹴りを入れて忘れるタイプなので、この姉妹のようにイヤな目にあわされた相手を毎日許すなんてできそうにない。だから、ふつうなら「なにさ、ぶりっ子」と思うんだけれども、なぜかこのシャリファ四姉妹の人たちが演じていると嫌味にならない。

そのほか、今回はしっかり認識した楊雁雁(ヤオ・ヤンヤン)もよかったし、何宇恆(ホー・ユーハン)監督もいい味出していた。ニン・バイズーラは今回も忘れていて、エンディング・クレジットでやっと思い出したけれど。

マレーシア映画によく出てくる、入口で靴を脱ぐ習慣が繰り返し使われていたり(ラストが秀逸)、毎度朝ごはんにロティ・チャナイを食べに行くところもお気に入り。

あと、ふつうマレーシアで多様性を考えるとき、マレー人ムスリムがマジョリティで、他の民族や宗教がマイノリティなのだが、ここではカトリック学校という中国系・インド系キリスト教徒の中に放り込まれたマレー人ムスリムという、ちょっと逆転した状況がおもしろいと思った。結局、人は自分の理解できないものに対して排斥したり攻撃的になったりするわけで、宗教が前面に出ていて一見違う世界の話のように見えるけれども、実はこれまでの作品よりも普遍性のある内容になっていると思う。マレーシアのような明らかな多民族・多文化国家では、表立って対立があるぶん、協調の必要性も共有されているけれど、日本のようなところでは、認識も自覚もないまま多様性を排除しようとしていることがかなり多いような気がする。