実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『トロッコ』(川口浩史)[C2009-28]

東京で片づけなければならない買い物などの用事の合間に、なんとか映画を2本観ようと朝から出京。まずはシネスイッチ銀座川口浩史監督の『トロッコ』(公式)。

撮影=李屏賓(リー・ピンビン)、美術=黃文英(ホアン・ウェンイン)、台湾ロケということで期待半分、号泣映画というウワサで不安半分で観に行く。台湾人の夫を亡くした母親(尾野真千子)が、ミノルとイサム、ではなくて、敦(原田賢人)と凱(大前喬一)という幼い兄弟を連れて、台湾にいる夫の両親(洪流、梅芳)に会いに行くというお話。芥川龍之介の短篇『トロッコ』+『冬冬の夏休み』[C1984-35]+『東京物語[C1953-01]とでもいうべき内容。『トロッコ』は国語の教科書に載っていたと思うが、よく憶えていないので(わたしは最近まで『坑夫』と『トロッコ』を混同していた)、原作との比較はしていない。

花蓮縣の田舎のなにげない風景、いかにもの日式家屋ではない日本人の建てた住居群、青い窓枠がいかにも台湾といった感じのおじいさんの家、宜蘭縣の山の深い緑とトロッコの線路。それらをゆったりと捉えるキャメラは文句なしに美しく、台湾の空気が劇場を満たす。しかしキャメラが李屏賓なのだから、ここまでは織り込み済みである(『春の雪』[C2005-18]や『言えない秘密』[C2007-34]など、李屏賓でも多少期待はずれなことはあったけれど、題材的に今度ははずさないだろうとみていた)。その美しさを十分生かした映画になっていたのかというと、残念ながらそうとはいいがたい。

まず、登場人物の造型が不十分というか、描きこみが浅いというか、彼らの生活やこれまでの人生を十分に想像することができない。亡くなった父親の存在感(不在感)も希薄である。必要なことはほとんど台詞で言わせてしまっているので、決して台詞の多い映画ではないにもかかわらず、非常に説明的な感じがする。これは、少年が成長する物語でもあり、親子の物語でもあり、家族の物語でもあるわけだが、人物の描きこみが浅いせいか、それらがうまくリンクしておらず、どれも中途半端な印象を受ける。

だいいち、いくら共働きで多忙だといっても、結婚して二人も子供が生まれて小学生くらいになっているのに、一度も妻子を連れて帰省していないという設定がおかしすぎる。アルゼンチンならともかく、すぐお隣の台湾である。ぜったいにあり得ないと思う。夫のお骨をもって訪ねると、みんなすごくいい人でやさしくて、両親とは初対面なのにすぐに打ち解けて、ギクシャクした感じとか、とまどいとか、価値観の衝突とかいったものがぜんぜんなくて、なにかリアリティを欠いている。

さらに、舞台を台湾にしたために、なにか台湾的な要素を加えなければと思ったのだろうが、台湾がらみのメッセージが大上段な感じに付け加えられているのがいただけない。それは二つあるが、まずひとつが過去の植民地支配に絡む問題。おじいさんは、日本で考えられているところの典型的な本省人に設定されている。つまり、日本に対する思い入れが強く、いまだに日本に対する帰属意識をもち、戦後の日本政府の処置に失望と怒りを抱いている人である。それはまあいいとしても(ほんとうはそこにも工夫がほしい)、彼が言っていることがどこかの日本製ドキュメンタリーなどで語られてることばとそっくりの、プロパガンダのような形骸化したものであることに激しい失望を感じる(その主張の是非とは関係なく、どうしようもなく漂う「またかよ」感)。もちろん、父親の一家が本省人で嫁が日本人ならば、祖父母から日本の話が出るのは当然だと思うが、そのような形骸化したものではなく、もっと彼自身の経験に基づいた、パーソナルなことばが語られるべきだと思うのだ。

もうひとつは、森林伐採に関する問題である。こちらのほうは、林さんという人物がそのメッセージを伝えるために設定されたとしか思えないわざとらしさで、もうちょっとさりげなく入れる工夫が必要だと思う。その孫である青年も、出番が多いわりにつかみどころがない。張睿家(ブライアン・チャン)のムダづかいである。

出演者は、洪流(ホン・リウ)と子役がいまひとつな感じ(やはり子役は素人でないと)。梅芳(メイ・ファン)は別格の存在感。夫の弟役の張翰(チャン・ハン)は、年をとるにつれて張震(チャン・チェン)とは似ていなくなっていく気がする(頭以外)。その妻役が萬芳(ワンファン←公式サイトにはワン・ファンと書いてあるけれど、萬芳はファーストネームのはず)だということに気づかなかったのはショックである。

台湾料理が食べたくなったので金魚という台湾料理屋に行ったが、ぜんぜん台湾っぽくないランチメニューしかなくてがっかりだった。