実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『シンガポール・ドリーム(Singapore Dreaming)』(Colin Goh, Wee Li Lin)[C2006-48]

パンダを車検に出しに行っていたJ先生とエクセルシオール・カフェで合流し、シネマートに戻って入口のマーライオンの写真などを撮る。二本めは吳榮平(コリン・ゴー)&胡恩恩(ウー・イェンイェン)監督の『シンガポール・ドリーム(美滿人生)』。先日から「シンガポール映画のロケ地はぜんぜんわからないなあ」と思っていたが、いきなりマーライオンで始まったのでびっくり。

お金があって、HDBフラットではない豪華なコンドミニアムに住んで、いい車に乗って、子供を大学に入れていい会社に就職させる…という、高度経済成長的な夢に惑わされて生きる小市民家族の物語。この家族は、定年間近の父、専業主婦の母、結婚して家を出たデキる社長秘書の姉・玉梅、軍隊から保険のセールスへ転職したばかりの稼ぎの少ない夫・C.K.、アメリカ留学中の弟・阿成、阿成の実家に同居している婚約者の愛玲からなる。それぞれ問題を抱えながらも、阿成が帰国すればいろんなことがうまくいくに違いないという甘い期待でなんとかつながっている家族。ところが、その阿成が帰国し、父親の買った宝くじが思いがけなく当たり、その父親が突然亡くなるという大事件の連鎖によって、家族がもろくも崩壊する。映画は、家族ひとりひとりが、本当に自分がほしいもの、大切なものを見つめなおすことによって再生へと歩みだすところで終わる。家族の絆の再生は、おそらく個人の再生のその先にある。

インディペンデントらしいが、よくできた商業映画のような感じ。“望春風”が印象的に使われている。“望春風”って台湾の曲だと思うが、南洋でもポピュラーなんだろうか。

弟の阿成は、石破茂か若杉英二かという感じで、見るからにバカっぽい。姉の玉梅を演じているのは楊雁雁(Yeo Yann Yann/ヤオ・ヤンヤン)だが、ほかではそう思わないのに、髪型と演じている人物の性格のせいか張艾嘉(シルヴィア・チャン)にしか見えない。ダンナのC.K.を演じている林友明(Yu-Beng Lim/ユーベン・リム)は、ルックス的にも演じているキャラクター的にもけっこう気に入った。ハゲなのに、それがルックスに悪影響を及ぼしていない。彼は、ブライアン・ゴソン・タンの短篇、“Sex Trauma Violence”にも出ていて、そちらはもっとセクシーな感じだった。

登場人物は誰もが欠点や問題を抱えているが、そんな彼らを比較的暖かい視線で見つめている。しかし阿成だけは別で、常に少し距離を置き、見つめる視線は冷ややかだ。ふつうの人情ものだと、「お勉強はダメだけれど、こんないいところがあるからこれからがんばっていこう」というふうになるのだけれど、彼の場合、お勉強がダメなうえに、人格的にもかなり問題があることが徐々に明らかになる。彼だけは再生の気配すら見せず、放置されて終わり。彼だってシンガポールの歪んだ学歴社会や、現実を直視しない親の期待の犠牲者のはずだが、最後はなんとなく勧善懲悪ものっぽくなり、彼だけ悪者。でも「石破茂だから当然だよね」と思えてしまうのであまり気にならない。

愛玲の位置づけに『東京物語[C1953-01]の紀子を感じたが、やはり『東京物語』にインスパイアされて撮られた作品だということである。

上映後、インターネットを介して楊雁雁とのQ&Aが行われた。先週末に来ていればゲストは林友明だったようで、「『孫文』なんか観ている場合じゃなかったな」とひとしきり後悔。