バンガロールに来ちゃったの

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『美しい夏』(パヴェーゼ)[B1353]

パヴェーゼの『美しい夏』読了。

美しい夏 (岩波文庫)

美しい夏 (岩波文庫)

パヴェーゼを読むのははじめて。そもそもイタリアの小説は、ヴィットリーニの『シチリアでの会話』[B1012]くらいしか読んだことがないが、このふたつがネオレアリズモ文学の双璧らしい。

16歳の少女、ジーニアが、20歳くらいの少女、アメーリアに憧れたり反発したりしつつ、アメーリアの跡をなぞるように大人になっていくという話。これっておもしろいのかなと思いながら読んでいたら、いつのまにか惹きこまれていた。読み終わったあと、苦い味の向こうに、決して手の届かないきらめきが仄見えるような、切ない余韻を残す。

描写が映画的というか、五感に訴える小説である。カッフェやアトリエの情景、とりわけ冬の寒さがリアルに感じられる。タイトルが『美しい夏』で、実際、物語は夏から始まるが、夏の美しさの描写はほとんどない。寒い冬の描写が積み重ねられることによって、もはやどこにはない夏の美しさが浮かび上がってくるように感じられる。「美しい夏」とは、実際の美しい夏でもあり、少女が大人になるときの輝きの比喩でもある。そして1940年のファシズム政権下のイタリアで、ジーニアが「待ち望んでいた夏は、二度と帰ってこないだろう」とつぶやくとき、それがもうひとつ別のものの比喩であることを感じさせずにはおかない。

『美しい夏』というタイトルは、『永遠の夏』(のちに『花蓮の夏』[C2006-17])に改題されてしまったが)を連想させる。青春の輝きは一瞬しかないというのも真実なら、それが永遠に続くように感じられるというのもまた真実なのではないか、などと思ったりもする。

描写が映画的と書いたが、これは長さも短いし、ぜひ映画化すべき小説だと思う(すでに映画化されていて当然と思うが、ちょっと検索しただけではわからなかった)。もちろんイタリア映画として、原作に忠実に撮られてもいいが、わたしとしてはぜひ台湾映画として撮ってほしい。ジーニアとアメーリア、それからグィードとロドリゲスの同性愛的雰囲気からいっても、青春映画という点からいっても、これは台湾映画にふさわしい。台湾なら、背景となる暗い時代にも事欠かない。

天安門事件後に時代を設定して、中国映画にするのもいいかと思ったが、そう考えてみると『天安門、恋人たち』[C2006-46]はちょっとだけ似た雰囲気がある。

もともとは、イタリア旅行に備えてというのが読んだ動機だが、小説を読んだだけではどこなのか全くわからなかった。解説によれば、舞台はトリノとのこと。固有名詞がぜんぜんないので難しいと思うが、地形の描写もあるので多少は雰囲気をたどることができそうである。トリノまで行ける日がいつ来るのかはわからないけれども。