バンガロールに来ちゃったの

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『森三千代鈔』(森三千代)[B1354]

『森三千代鈔』読了。

森三千代鈔 (1977年)

森三千代鈔 (1977年)

いま、森三千代の小説を読むことは困難だと思っていたが、アマゾンで検索したら、マーケットプレイスであっさり入手できた。しかも定価より安い。なんてことだ。存命中に企画され、本人があとがきも書いているが、出版社がつぶれそうだったとかで死後に出版された森三千代の作品集。10篇の小説と3篇の紀行文が収録されている。

どれもおもしろかったが、やはり自伝的な三部作、『青春の放浪』、『新宿に雨降る』、『去年の雪』がよかった。『青春の放浪』と『新宿に雨降る』は森三千代の、『去年の雪』は金子光晴の恋愛(不倫)を描いていて、三部作を通してみると、森三千代と金子光晴の結婚生活がなんとなく浮かび上がる。『青春の放浪』はかなり昔のことだからか、登場人物も実名で、ほとんど自伝という感じである。それに対して『去年の雪』は、現在進行形であるためか登場人物の名前も変えてあるし、設定も現実とは少しずつ違っている。若さと老い、健康と病気、不倫する側とされる側というふうに、前二作とは対照的なのが生々しくかつ痛々しい。

『新宿に雨降る』は、20年前の恋人と再会する話だが、その20年の中間くらいに書かれたのが『小説和泉式部』である。和歌はきらいではないものの、古文は全然わからず、和泉式部のことも知らないので、敬遠して最後に読んだが、これがなかなかおもしろかった。中年期の和泉式部の物語の前後に、それを書く著者のドキュメンタリー風な話が入っている。この構成は、『ロアン・リンユイ 阮玲玉』[C1993-19]を連想させて興味深い。その中で著者は、次のように書いている。

そして結論は、私が書こうとねらっていた小説に必要な材料の半ばは、どこをさがしてもみつからないということに帰着した。すると、私の心は、何故か反対に軽々としたのであった。私が、私自身の生身を以て和泉式部のなかにもぐりこんでゆくより方法はない。(『小説和泉式部』p. 30)

こうして著者自身をかなり投影させて書かれたらしい和泉式部物語は、とても生き生きしていて、生々しくて、リアルである。平安時代の話であり、それらしい時代背景や風俗が細やかに描かれていながら、普遍性をもった等身大の女性としての和泉式部が描かれている。

『新嘉坡の宿』、『爪哇の宿』、『巴里の宿』の3篇の紀行文は、金子光晴とある程度重なるシンガポールインドネシア、フランス、ベルギーでの経験が、また違った角度から描かれていておもしろかった。時期的にも重なるせいか、『巴里の宿』は最近読んだ林芙美子の紀行文を連想させるところもある。アジア放浪に関連するものとしては、金子光晴から素材をもらったという『国違い』、『帰去来』の2篇の小説も興味深い。

この本の残念なところは、誤植というか校正レベルの間違いが多いこと。出版社がつぶれそうで人手もなかったかもしれないが、「恋人」が「変人」だったりして、「『青い山脈』かよ」と突っ込みたくなる。