バンガロールに来ちゃったの

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『エル・スール』(Adelaida García Morales)[B1336]

『エル・スール』読了。ビクトル・エリセ(Victor Erice)『エル・スール』[C1983-02]の原作小説である。

エル・スール

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中篇で短いためか、かなり行間があいたレイアウトになっている。最初は「もったいない」と思ったが、行間を味わい、余白をかみしめるようなこの小説とうまく合っていて、一語一語、一文一文をじっくり読むことができた。映画のイメージを借りながら読んでしまうのは避けられないが、それがプラスに作用しつつ、小説は小説で別物として味わうことができるように思う。

映画と同様、後年のヒロインのモノローグという形で物語が進んでいく。映画との大きな違いは、映画にはない、ヒロインが「南」へ行ったあとの描写があることだ。ちなみに、「南」とはセビーリャである。細かいところは、登場人物の名前にはじまって、かなりの点で異なる。比較的大きいものをふたつ挙げると、ひとつは、小説では父親の政治的背景は明示されていないこと、もうひとつは、父親、娘ともに小説のほうが邪悪さが強調されていること。

映画では、父親が「南」を捨てた理由は、人民戦線側に立った戦いの敗北と、それに基づく父親との対立に、恋愛の挫折が絡まりあっているという印象だが、小説では恋愛の挫折のみが表立って描かれている。内戦での敗北による挫折感やフランコ政権下の重苦しい空気は濃厚だが、具体的な何かが明示されているわけではない。

また映画では、父親にオメロ・アントヌッティというスターを配したためなのか、父娘とも悪い人という感じは全くしない。しかし映画では、父親はかなりの変人であり、娘も母親から悪魔のように思われている。映画にはなかった部分で気に入ったのは、娘(小説ではアドリアナという名前である)がジャンヌ・ダルクごっこをしようとして、ジャンヌ役の子を縛ってほんとうに火をつけるところ。動機はジャンヌ・ダルクの役を取られた腹いせにしても、たしかに筋が通っていると思うのだ。

ジャンヌ・ダルクになりたかったんでしょ」、私はあの子に向かって叫びました。「だったら今、あんたは聖女になるのよ、でも本物の聖女にね。」(p. 26)

作者のアデライダ・ガルシア=モラレスが日本であまり知られていないからか、かなり長めの解説が付されている。この小説が書かれ、映画化されたころ、アデライダはエリセの夫人だったこと、映画のヒットによって出版が可能になったこと、15歳のエストレリャを演じたイシアル・ボリャンが映画監督になっていることなどを知る。『エル・スール』は映画史上に燦然と輝く傑作だが、ヒットしたとは思わなかった。共有された記憶や時代の空気が人々を動かしたという面はあるだろうが、スペインってすごい。ミーハーに、ふたりがどうして別れたのか知りたかったが、そんなことは書いてなかった。