実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『離魂(窅鬼纏身)』(但漢章)[C1987-91]

同じビルのひとつ上の階へ移動。久しぶりのシネマヴェーラの特集は、「紀伊國屋書店レーベルを讃える」。どうぞ讃えてください。でもストローブ=ユイレはやらないのね。メインはシャブロルのようだが、ヨーロッパ映画のなかにこっそり忍び込んでいるのが但漢章(フレッド・タン)監督の『離魂』。但漢章の映画を観るのははじめてで、よくは知らないのだけれど、若くして亡くなって作品も少ないという程度の知識はあり、機会があれば観たいと思っていたので駆けつける。

男に裏切られて殺された女性(徐淑媛/ヴィナ・シュー)の霊が、失恋して自殺未遂をした舞踏家(王小鳳/ポーリン・ウォン)に乗り移るというホラー。タイトルバックがいきなり、ほぼ裸の男性たちのダンスで、しかもフィルム(DVDだが)が褪色しているのが怪しい雰囲気を増幅していたので、「石井輝男か?」と思ってワクワクする。しかしこれは怪しいダンスではなく、ゲージツだったようだ。

ホラーというと、不思議な出来事が起こって、「なぜそのようなことが?」という謎解きミステリー風に進んでいくことが多いが、この映画は最初から種も仕掛けもわかっている。二人の女性の入れ替わり具合というか一体化具合というか、変幻自在なミステリアスな雰囲気を楽しむのがまず第一の見どころだと思う。しかしながら、肝心の女優がふたりとも好みではない。王小鳳は大村絵美にしか見えなくて、「東証アローズからですか?」と聞きそうになるし、徐淑媛は「わたしはこういうタイプの顔がきらいなのよ」という顔。加えて、80年代を強調する太い眉メイクや肩パッドバリバリのお洋服に妨害され、いまひとつ堪能できない。

さらにわたしの集中力や感情移入を阻むのは、北京語吹き替えの音声である。女性たちはふたりとも香港人だから北京語なのも不自然だが、問題は北京語ではなくて「吹き替え」。しゃべり方とかきちんとしすぎている発音とか、ふつうの台詞も不自然だが、いちばん不自然なのは間投詞だ。特に、台詞のはじめにつけられる「あ」とか「えい」とかの、不自然な声のトーンが最悪。

ホラーだけれど怖さというのは全然なく、首が飛んで血が吹き出たり、ターンしていたら止まらなくなったり、目から火が出たりと、笑ってはいけないのかもしれないがけっこう笑える。徐淑媛の殺し方が、やたら手が込んでいるのもおかしい。

記者の男性(吳少剛)が、危険を顧みずに王小鳳を向こう側から連れ戻すが、戻ってみたら彼にはしっかり彼女(楊麗青/シンシア・カーン)がいて、王小鳳はひとり寂しく去って行くというラストが印象的。でも、吳少剛はもう少し揺れてもいいんじゃないか、最後にもう一波乱あってもいいんじゃないかと思う。王小鳳がかなりヒステリックな役柄なので、いまひとつ感情移入できない点が、ラストの効果を弱めているようにも思う。あまり勧善懲悪っぽくないところはいい。

ところで、紀伊國屋のチラシによればこれは香港映画だが、本当にそうなのだろうか。監督は台湾の人のはずだし、スタッフ、キャストとも香港人と台湾人が入り混じっていて、合作っぽい感じがするのだが。タイトルも、台湾が“離魂”で、香港が“窅鬼纏身”のようだ。チラシといえば、今回のシネマヴェーラのチラシは、この映画の製作年が間違っているし、どの映画も製作国や原題が書いてなくてひどい。

併映はシャブロルの『不貞の女』だったが、時間がないのでパス。あいかわらずここでは2本観られない。何度も書いているが、一本立てで一日4、5プログラムやるように変えてほしいものだ。それに、あいかわらずその特集が始まらないとWebでスケジュールがわからないのもひどい。新文芸坐も似たような興業形態のため滅多に行けないが、公式サイトにはちゃんと4月いっぱいまでスケジュールが載っています。