バンガロールに来ちゃったの

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「特集*日本語は亡びるのか?」(『ユリイカ』2009年2月号)[M34-41-2]

ユリイカ』2009年2月号の特集「日本語は亡びるのか?」読了。

批評家、作家、学者、翻訳者、詩人計17人が書いているが、どれもだいたいおもしろかった。

自分の感想には思ったことのほんの一部しか書いていないが、『日本語が亡びるとき - 英語の世紀の中で』を読むと(id:xiaogang:20090209#p1)、引っかかったり反例が思い浮かんだりするところ、「それはちょっと違うんじゃないかな」とか「待てよ、あれはどうなってるんだ?」と思ったりするところがかなり多い。それをひとつひとつ拾って、ちゃんと論じてくれていてありがたいなあという感じ。ピリピリした気持ちを鎮めてくれるので、『日本語が亡びるとき』とセットで読むべし。『日本語が亡びるとき』について好意的な論調でも批判的な論調でも、書かれている内容には賛同できるのが不思議だ。

日本語が亡びるとき』を読んでいて、かなり何度も思ったこと(でも感想に書かなかったから発散できていないこと)のひとつに「現地語で悪いかよー」というのがあって、小林エリカ氏の漫画には膝をたたいてしまいました。このへんのことにはやはり何人もの人がふれていた。それからやはり『日本語が亡びるとき』を読んでいて強く感じたのは、ひとつの方向の流れが強まると、それとは反対方向の動きもまた活発化するんだなということで、そういったことも何人かの人がそれぞれ違う題材で書いていたのが印象的だった。

この特集を読んでも、『日本語が亡びるとき』はかなりいろいろな問題提起を含んだ本なのだとあらためて思うわけだが、不必要な議論も生んでしまっているということもまたあらためて感じる。それはこの本のスタイルが、先行研究をふまえない論述と感情的な主張とによっているからだと思う。要するに、この本は実はエッセイなのに、評論とか学術論文とかのような装いをまとっている、あるいはそのように読まれてしまっているために、そのようなことが起きているのだろう。