実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『夜と昼(밤과낮)』(洪尚秀)[C2008-13]

夕食後の3本めは、洪尚秀(ホン・サンス)監督の『夜と昼』。観終わって第一の感想は、「ああ、楽しかった」。「おもしろかった」でも「よかった」でもなく「楽しかった」。こんな夜中に145分。語るべき壮大なストーリーなど当然なく、例によってウダウダした男の話が145分。お怒りの向きもあろうが、わたしは長さを感じなかった。

舞台はパリ。ホン・サンスがパリに行ったらどうなるって、そりゃあロメールになる。しかも女の子たちは美大生だったりする。たぶん狙ってやっているんだろうと思う。観ていて、「ああ、ロメールロメール」といちいち思いながら、しかもどうしようもなくホン・サンスなので、もうほんとに楽しい。

主人公は画家のスンナム(キム・ヨンホ)。出来ごころの大麻で捕まりそうになり、パリまで逃げてきたという設定。彼のパリ滞在日記という体裁になっており、日々のパリ暮らしがスケッチ風に描かれる。もちろん長回しで。

ホン・サンス映画の登場人物はイヤなやつが多いけれど、今回はかなり好感をもった。主人公のスンナムはもちろん身勝手なダメ男で、もちろん女性を追いかける。しかしやることしか考えていないいつものホン・サンス映画の主人公とはちょっと違い、結婚してパリで暮らしている前の彼女ミンスンにホテルに誘われると、ダンナに知られるのを恐れて拒んだりする。聖書を持ち出して必死に説得するのがほほえましい。

彼は毎晩のように韓国にいる妻ソンイン(ファン・スジョン)に電話をかけ、会いたいと言って泣いたりするが、パリで三人の女性とかかわりをもつ。前述のミンスンと、宿の主人の知り合いと、そのルームメイトのユジョン(パク・ウネ)。彼女たちはいずれも画家や美大生。この中でスンナムが追いかけるユジョンはかなりの性悪女だが、なんとなく憎めない。パク・ウネ、かわいいです。彼女たちが、スンナムとふたりのときにほかの女性の悪口を激しく言いまくるところなど、女性のいやな面が描かれているが、いかにもなリアルな感じが楽しい。

スンナムが滞在するのは韓国人が経営するゲストハウスで、登場人物はみんな韓国人か朝鮮人。画家のくせに、ほとんどパリを見て歩いたりしないから、観光地映画のようでは全くない。いかにも「外国人がパリで撮りました」という感じでもなく、かなり自然に馴染んでいる。それでも、韓国が舞台の場合のこぎたない街並み(けなしているわけではない)に比べると、やはり大分きれいである。パリ名物の道端の犬のう○こを写さずにはいられないところ、それを流すための水に舟を浮かべたりするところには、東洋ならではのわびさびを感じずにはいられない。

以前は、ゴダールフィッツジェラルドヘミングウェイが描いたパリが見たくてパリへ行ったけれど、今度は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)やホン・サンス金子光晴が描いたパリを見に行きたいと思う。