バンガロールに来ちゃったの

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『練習曲(練習曲)』(陳懷恩)[C2007-32]

昨日から、シネマート六本木で「台湾シネマ・コレクション」(公式)が始まった。台湾映画の新作が8本上映されるという、台湾映画好きにはとてもうれしい企画である。去年映画祭で見逃したものもあり、このプログラムを知ってからしばらくは小躍りして喜んでいた。でもふと我に返ってみると、わたしがいまいちばん観たい台湾映画は、張作驥(チャン・ツォーチ)の“蝴蝶”と鄭文堂(チェン・ウェンタン)の“夏天的尾巴”である。プログラムにはない。去年映画祭で観た台湾映画でイチオシは何かと問われれば、李康生(リー・カンション)の『ヘルプ・ミー・エロス(幫幫我愛神)』[C2007-17]である。プログラムにはない。不満である。

不満ついでにいうと、ポレポレ東中野では、やはり昨日から「中国インディペンデント映画祭」(公式)が始まっている。フィルメックスで観ている3本から推測するに、なかなかすばらしいラインナップであるように思われる。だがしかし、なぜ「台湾シネマ・コレクション」と同じ時期にぶつける? もちろん、主催者にも映画館にもさまざまな事情があり、その結果たまたま同じ時期になったのだろう。でも、このふたつを観たいと思う観客はかなり重複しているはずだ。両方とも一本交代のプログラムなので、移動してハシゴするのはかなり困難。残念だけれど、こちらにはたぶん行けない。評判がよかったものが一般公開されるとか、「中国映画の全貌」みたいなプログラムで上映されるかすることを希望する。

さて、文句ばかり言っていてもしかたがないので、天気予報が大雨だと脅すなか、朝から六本木へ出かける。一本めは『練習曲』。『悲情城市[C1989-13]、『好男好女』[C1995-11]などのキャメラマン、陳懷恩(チェン・ホァイエン)の初監督作品。

内容は、耳と口が不自由な大学生の青年(東明相/イーストン・ドン)が、自転車で台湾一周をするというもの。高雄から出発して、南回りというか反時計回りに、七日間かけて一周する。風がどういうふうに吹いているのかよく知らないが、映画のなかでは、風に向かって走る向きだと説明されている。

この映画のいいところは、主人公が心の傷だの不安だの悩みだのを抱えている、というのが前提になっていないこと。主人公は障害をもっていて、しかも一人で暮らしてふつうに大学にも通っているのだから、それなりにたいへんなことも多く、お気楽な毎日でもないだろう。だけどそんなことは特に描かれていないし、彼が台湾一周をしようと思った動機も特に語られない。

彼は旅の主人公であると同時に、さまざまな出来事の観察者、傍観者でもある。映画の主役はむしろ、彼が行く先々で出会う人々であるといってもいい。耳と口が不自由という設定は、彼に重荷を与えるものというより、彼を傍観者にしておくための装置であるように思われる。自分のことをあれこれ語らない(語れない)ぶん、ごく自然に聞き役にまわることになるし、余計な返答をしない(できない)からこそ、かえって人々は心を開いていろいろなことを語ってくれる。

彼が直接、間接に聞くのは、社会問題から個人的なことがらまで、解決を要することからどうしようもないことまで実にさまざまだ。撮ろうとしている映画の内容、家庭の不和、日本統治時代の話、近代化遺産の保存と観光開発の問題、子供時代の思い出、退職と老後のこと、不当解雇の問題、障害児の家族に対する偏見、失われていく自然、亡くなった友人のこと、原住民女性と家庭を持った外省人老兵(たぶん)の望郷の想い…。そのなかには、日本統治時代から戦後までの台湾史や、現在の台湾が抱えている問題が見え隠れしている。それらは主人公を豊かにし、成長させる糧となるだろうが、たった七日間ということもあり、成長自体は描かれないところもよい。

映画はまず台東あたりで始まって、花東海岸公路(省道11號)を北上する。「あ、そこ最近行きました」と思って身を乗り出して観ていたら、いきなり北回歸線標誌(id:xiaogang:20080102#p1参照)が。東明相が達倫と知り合うそのトイレ、わたしも入りました。そしてふたりは花蓮へ。わくわく。

さらに北上して今度は頭城へ。頭城は5年前に行きました。わくわく。いきなり映った龜山島は、画面いっぱいあまりに大きくて、はじめ龜山島と気づかなかったほどである。そして彼は八斗子へ。八斗子は10年ほど前に行きました。わくわく。でも北火電廠は見たおぼえがない。

そのあとはほとんど馴染みのないところだったが、呉念眞(ウー・ニエンチェン)が出てきたので、「ここは笑うところだ」と思ったのにだれも笑っていなくてがっかり。すごくおなかがすいていたので、呉念眞が東明相に差し出した余りの便當に、手を伸ばしていなかったか心配である。それから媽祖のお祭りが出てくるが、以前旅行したときにたまたまこのお祭りの時期にぶつかって、バスが大渋滞に巻き込まれてたいへんだったことを思い出した。

ガイドブックにばーんと載っているところが出てくるおもむろな観光映画ではないが、多少は知られているマイナーなお薦め場所がさりげなく紹介されている感じである。ちょっと「ディスカバー台湾」的な雰囲気や、自然の風景がきれいすぎるところは気にならないでもない。それに、映画のなかで監督が撮ろうとしている映画がきらい。

「サヨンの鐘」(要するに鐘)も出てきた。主人公の空想のなかで、Saya(張惠春)が李香蘭とはかなり違うサヨンを演じている。まわりの風景も、たしか霧社で撮った『サヨンの鐘』[C1943-13]とはずいぶん違っている。こちらもメルヘンっぽいけれど、おそらく『サヨンの鐘』よりは現実に近いだろうと思われる。