バンガロールに来ちゃったの

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『愛染かつら』(木村恵吾)[C1954-V]

ダグラス・サークを観たらメロドラマが観たくなったので、大映版(鶴田浩二版)『愛染かつら』(goo映画)を観る(DVD-R)。わたしの知るかぎり、『愛染かつら』にはオリジナル版(上原謙版)[C1938-09]と松竹リメイク版(吉田輝雄版)[C1962-31]とこれの三種類がある(三作品とも婦長が岡村文子なのが笑える)。この大映版がいちばん知られていないと思うが、いちばんよくできていると思う。

大映版のいちばんの魅力は、もちろん主演の鶴田浩二だが、脚本も、細かいところがオリジナル版とは違っていて、いろいろと工夫が凝らされている。いちばんの違いは、鶴田浩二とヒロインの京マチ子が恋に落ちる過程である。オリジナル版では、以前から同じ職場で働いているという設定なので、パーティで歌の伴奏をしたというだけでふたりが急に接近するのは説得力がない。大映版の場合、パーティは鶴田浩二が博士号を取ったお祝いということに変えられており、しかも伴奏のあとにふたりきりで話すシーンも用意され、この日初めて言葉を交わすという設定になっている。さらに一緒に手術を担当し、仕事のうえでもお互いを認めるというように、ふたりが近づいていく過程が丁寧に描かれている。このため、単に美男美女が意味もなくすれ違うだけではない、説得力のある展開になっている。

鶴田浩二は、プライドの高い封建的な家族とは異なる、素朴な雰囲気や人柄のよさがすごく出ていて、特に前半、リアルな存在感がある。まだ松竹にいるころなので、ノンちゃんをもう少しシリアスにした感じ。京マチ子は一見ミスキャストのようだが、これもなかなか悪くない。一見派手なようだが顔自体はけっこうヘンなので、看護婦のような地味な役だと、ちょっときれいでちょっと色っぽくて、未亡人の魅力をなにげに漂わせているという感じがよく出ている。田中絹代だと所帯じみすぎているし、岡田茉莉子だとあまりにきれいすぎるので、京マチ子が中間でちょうどいい感じがする。

キャストの問題点といえば、鶴田浩二の京都の友人の役が船越英二であること(わたしの意見では、船越英二が出ると何でもイロモノっぽくなってしまうと思います)。それから今回気づいたが、京マチ子が歌手デビューするときのレコード会社の部長が近衛敏明。戦前の近衛敏明は、二枚目でもないのに真面目な二枚目役だったが、戦後の近衛敏明といえば『セクシー地帯』[C1961-37]に代表されるエロおやじ役。「嫌だと言っても放しませんよ」などと言っていたので、「売り出してやるから」と言って関係を強要したりしていないか心配である。

大映版を観たら無性に吉田輝雄版が観たくなった。この松竹リメイク版は、オリジナル版とほとんど同じ脚本なので(たぶん)、「いくらなんでも1962年にそれはないだろう」という古くさいところがたくさんあって苦笑する。でも吉田輝雄だし、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の『電姫戯院』(『それぞれのシネマ』[C2007-13])で脚光を浴びたところでもあるし、長らく観ていないので観たかったが、うちにないことが判明してがっかり(以前8ミリ時代にはあったので、てっきりあるものと思い込んでいた)。