実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『女の中にいる他人』(成瀬巳喜男)[C1966-03]

恐怖映画第二弾として(新珠三千代が怖いから)、成瀬巳喜男の『女の中にいる他人』(映画生活/goo映画)を観る(DVD)。本当の理由は、今日が鎌倉花火大会だから。

女の中にいる他人 [DVD]

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スクリーンで二度も観ているのに、当時はあまり気に入らなかったのがまったく不思議な傑作である。小林桂樹が主演なのをはじめとして、地味すぎるキャストなのが当時気に入らなかった理由のひとつだが、いま思えば、小林桂樹新珠三千代長岡輝子というのは小津キャストである。出番は少ないが、小林桂樹が殺す三橋達也の妻が若林映子なのもポイントが高い。

平凡な家庭の非常にリアルな描写が、そこに犯罪が入り込んでくるサスペンスを盛り上げている。いろいろなエピソードが絶妙に絡み合いながら登場人物の心理の変化が描写され、小林桂樹中心の前半から、徐々に新珠三千代が中心になっていく展開もいい。小林桂樹が苦悩のすえに到達した「正しい」結論は、新珠三千代の「世間体」の前にあっさりと打ち砕かれる。言いようのない無力感に包まれるラストは、ある種のハッピーエンドといえるだろうか。ぜひもう一度スクリーンで観たいものである。

モノクロなのに、梅雨から夏の感じがすごくよく出ている。雨がざーざー降っている梅雨の感じもいいし、梅雨寒から徐々に暑くなり、いつのまにか夏になっているという季節の変化が、そのあいだの服装の変化も含めて細かく表現されている。梅雨から夏の季節感では、『お引越し』[C1993-03]と並んでベストではないだろうか。

鎌倉花火大会は、まさに映画のクライマックスに設定され、効果を盛り上げている。家で晩ごはんを食べてから出かけても、ちゃんと座って鑑賞できるところが、単なる地元の花火大会だった平和な時代を表している。小林桂樹新珠三千代が訪れる温泉は、登場シーンこそあまり長くないが、吊橋やトンネルなど印象的な場所が目白押し。ちょっと調べたところでは、ロケ地は会津芦ノ牧温泉とのこと。ぜひ一度訪ねてみたい。トンネルは芦ノ牧温泉ではなく、奥多摩の御岳トンネルらしい(LINK)。今度日帰りドライブで行ってみよう。

小林桂樹新珠三千代もいいが、やはりすばらしいのは小林桂樹の母親役の長岡輝子。他人のうわさ話や悪口を、よく知りもしないのに断定的に語る、ものすごく俗っぽい人物をいつもながら好演している。映画の評価からは離れるが、その長岡輝子の話を受ける嫁の新珠三千代の受け流し方にも感心した。会社の飲み会や親族の集まりで、こういった人物の意見を聞かされ、その内容には賛成できないが、議論をするのも面倒、といったことはよくある。新珠三千代は、「そうですねえ」などと一見賛成しているふうにみせて、問題のある発言にはふれず、微妙にずらした短い返答で受けているのが興味深かった。日々接している嫁としての知恵なのだろうが、なるほどそういうふうに返すのかと、いろいろ勉強になった。