実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『黒い土の少女(검은 땅의 소녀와)』(全秀一)[C2007-22]

最近、情報収集能力が鈍っているらしい。今年も「韓国アートフィルム・ショーケース(KAFS)」が開催されることをシネマート六本木の予告篇で初めて知る。『黒い土の少女』(公式/映画生活/goo映画)がおもしろそうだと思ったらすでに始まっていた。

朝はゆっくり出かけ、ひげちょうに行こうとしたら改装中だったのでサイゴンでフォーをすする。シネマート六本木の「韓流シネマ・フェスティバル」にはおばさんがいっぱい駆けつけてそうだったのに、シアター・イメージフォーラムのこちらの上映は予想通りすいている。J先生によれば「観客は全員ロリコン」だそうだが(あなたも?)、本当ですか?

チョン・スイル監督の『黒い土の少女』は、失業して飲んだくれる父親と知的障害をもつ兄を抱えたちびまる子ちゃんの奮闘記。ヒロインのヨンリム(ユ・ヨンミ)は、よりかわいく、より賢く、よりしっかりしているが、なぜかちびまる子ちゃんを彷彿させる。9歳だから年恰好が同じだし、おかっぱ頭に(色は違うけれど)セーターにパンツというスタイルも同じ。それより何より、突然立ち上がって、テレビに合わせて歌い踊るところがちびまる子ちゃんだった。

彼女もかわいいけれど、おとうさんもいい。後半は飲んだくれになってしまうが、ただの無教養な酒飲みではなく、いろいろ手を尽くしたあげくそうなってしまうので憎めない。炭坑一筋という割にはちょっと知的な感じもあって、独特の雰囲気をもっている。

映画の舞台は、閉山を目前にした炭鉱町。わたしが「おもしろそう」と思った理由はそれである。タイトルどおりの黒い土に白い雪が印象的で、同じく炭鉱町が舞台の傑作中国映画、『ワイルドサイドを歩け』[C2006-26]を思い出させた。ヨンリムが兄を養護学校へ連れて行くバスのシーンや、前述の歌って踊るヨンリムは、『イザベラ』[C2006-19]を連想させる。

あまり動かないキャメラが、少し離れたところから対象を見つめるというスタイルだが、ヨンリムの決意とともに、次第にキャメラが彼女に寄り添っていき、最後にまた突き放して終わるのが印象的。

物語は淡々と進んでいき、説明も最小限だが、かなりわかりやすく伏線が張られており、何が起きるかはだいたい予測できる。ただしそれらはあくまで淡々と提示される。たとえば、父親がトラックに息子を乗せて配達に行き、いかにも何か起こるぞというのが示されたあと、実際にそれは起こるのだが、トラックが動いているのはホテルのガラスに映っているというのが心憎い。

ヨンリムが結論を出すための材料は、すべて観客に提示されている。幼い彼女は会社や組合の複雑な事情までは理解していないかもしれないが、おとうさんが入院しているともだちの家は補償金をもらい、立ち退きに遭ってもマンションに越せるといったことも、なんとなくではあっても理解しているんだと思う。前述したような撮影のスタイルもあって、決めたことを決然と実行していくヨンリムにはすがすがしさのようなものさえ感じるが、それだけに、最後、やるかたなくバスをやり過ごすショットが心に残る。