『カラー版 ドリアン - 果物の王』読了。
- 作者: 塚谷裕一
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2006/10
- メディア: 新書
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わたしの期待としては、産業としてのドリアン栽培とか、ドリアン農家はどういう暮らしをしているのかとか、おいしいドリアンを求めて奔走する人々とか、そういったマレーシア現地情報的なことが知りたいのだけれど、植物学者の著者が書いたこの本には、そういうことは書いてない。そもそも、著者が訪れているのはインドネシアが多いようで、写真をはじめマレーシアの情報はほとんどない。
著者が詳しく書いているのは、ドリアンの可食部は実のどの部分か(仮種皮という部分らしい)とか、ドリアンの匂いの成分は何かといったことである。正直、専門的すぎる。ドリアンの匂いには興味があって、いい匂いなのはアルコール系で、臭いのは硫黄系といった話はおもしろいのだけれど、プロパンチオールとかメチルブタン酸エチルとか言って化学式なんか書かれても困る。数式の出てくる論文と同じで読む気がしない。
ドリアンを使ったお菓子についてはふれられているが、あまりいろいろなヴァリエーションが紹介されていなくて残念。少なくともわたしが食べたドリアンシュークリームはなかった。ふつうの読者の興味は、もっぱら買って食べるほうだと思うのだが、それよりもドリアン羊羹の作り方に多くのページが割かれている。ほかにも、ドリアンを観葉植物として日本で育てる方法とか、実践する人の著しく少なそうなDIY的内容にやたらと力が入っている。それはそれで楽しくて、ドリアン羊羹は作らないけれど、今度ドリアンを食べたら、種を持って帰って植えてみようと思う。
この本のすばらしいところは、ドリアンが出てくる小説が紹介されていることだ。まったく植物学者らしからぬすばらしさである。取り上げられているのは、『マレー蘭印紀行』[B106]、『浮雲』[B155]、『豊饒の海・第三巻 暁の寺』[B659-3]と、わたしが読んでいるものばかり。残念ながら、いずれもドリアンについてはちょっとふれられている程度である。
著者はこれらの本を引き合いに出しながら、戦前は南洋の果物が一般にかなり知られていたのに、敗戦によって断絶してしまったと語る。そのこと自体は非常に興味深いのだが、あまり実証的に論じられていないのが残念である。「東南アジア」とひと言でまとめているが、国によって事情は異なるはずだし、フィリピンは例外だったりするし、東南アジアではない台湾はどうなのかも気になる。戦後の状況は、もう少し具体的事実をふまえて書いてほしかった。
これに関連して、バナナについてけっこう詳しく論じられている。バナナといえば、わたしの子供のころは、「台湾バナナはおいしくて高級、フィリピンバナナは安くてまずい」と言われていた。スーパーで台湾バナナが売られていたら、ましてや安売りだったりしたら即買い、という雰囲気。残念ながら当時はあまりバナナに興味がなかったので、ほんとうにそうなのか実感したことはない。著者はわたしとほとんど同じ世代だし、これは全国共通認識なのかと思っていたが、このことには全くふれられておらず、今か今かと思いながら読み進んでいた者としては、かなり肩すかしだった。