実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『遠い道のり(最遙遠的距離)』(林靖傑)[C2007-07]

今日は有給休暇。お昼前に六本木へ行く。食べようと思っていたフォカッチャ屋がなくなっていたので、代わりにひげちょうの魯肉弁当を食べる。今日の1本目、映画祭9本目は、アジアの風の『遠い道のり』(公式)。監督は林靖傑(リン・チンチェ)。ここでのカタカナ表記は基本的に公式プログラムに従って書いているが、北京語音からカタカナへの変換にはなんの規則性もなく、めちゃくちゃなようだ(時々明らかに間違っているし)。

この『遠い道のり』は、アジアの風の新作のなかでは一番の期待作だったが、観た結果は期待ほどではなかった。十分おもしろかったし、ラストシーンをはじめ、ところどころ心に残っているところもあるのだが、琴線にふれるとか、「このショットがすばらしい」みたいなところはなかった。逆に、私の警戒ポイントにふれるところがいくつかあった。

この映画は、三人の人物がそれぞれ旅をする物語だが、みんな「心に傷を抱えていて、旅に出て癒される」といった想定なのがまず第一に引っかかったところ。まず莫子儀(モー・ズーイー)は、彼女に去られて録音技師の仕事でも失敗し、「台湾の音」を探す旅に出るが、これは彼女にも仕事にも関わりのあることなのでまあ納得できる。次に桂綸鎂(グイ・ルンメイ)だが、前の住人にカセットテープの入った手紙が届き、その音に魅せられる、というだけで十分興味深く、旅に出る理由にもなっていると思う。不倫に疲れてアルコール依存症気味といった陳腐な設定は不要である。最後に精神科医の賈孝國(ジア・シャオグオ)だが、この人はひとりで十分楽しく生きているように見える。結婚生活の破綻とかなんとか、無理に設定することはないと思う。

次に引っかかるのは、東海岸へ旅に出るということと、原住民が出てくるところ。必然性があればいいけれど、なんとなく「またかよ」という感じで萎える。また、波や林の音に、「フォルモサの音」とかいう大仰な名前をつけるのも、台湾ナショナリズムっぽくて気になる。

キャスティングについては、莫子儀はちょっと存在感が弱いかなという感じ。桂綸鎂はすごく期待していたが、ちょっとおとなしすぎて十分に魅力を発揮しているとは思えなかった。賈孝國はたぶん初めて見る人だが、その存在そのものがかなり不気味で、顔は別に似ていないが、若杉英二に見えてしかたがなかった。着るものの趣味などを含めて、ちょっと生理的に受けつけがたい。

ロードムービーなのだが、あまり移動のシーンがなく、魅力的な移動のショットがなかったのも惜しいところ。また、桂綸鎂はテープで聴いた音を探しに行くのだが、行ったら音だけではなくその風景も見るわけで、そこには想像とのギャップとか、音で聴くのとは違った体験があるはずだ。それなのに桂綸鎂は音だけにこだわって、単にテープを追体験しているだけのようにみえ、そのあたりも残念に思った。