実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『サヨンの鐘』(清水宏)[C1943-13]

COO'S CAFEがなくなったあとに最近オープンしたumi cafeでカレーを食べてから出京。今日もまた、シネマヴェーラ渋谷の「清水宏大復活!」(LINK)。一度ヴィデオでは観ているが、なかなか縁がなくて映画館で観られなかった『サヨンの鐘』を、やっと観ることができた。

『サヨンの鐘』は、満映李香蘭を主役に迎え、台湾で撮影された国策映画。教師や医者の役割まで果たす二人の警官と、助産婦である警官の妻。この三人の日本人の指導のもと、平和に暮らす原住民(当時は高砂族と呼ばれていた)の蕃社が舞台。なにしろ日本人がこの三人しかいないうえに(漢人もいない)、二人の日本人警官が近衛敏明に大山健二ときてるので、植民地統治とか差別とか指導とか抑圧とかいったイメージとは一見無縁である。高砂族のリーダークラスはほとんど出てこず、のんびりムードの近衛敏明と大山健二と一緒に、若者と子供たちと動物がのどかに暮らす、ユートピアのような共同体に見える。

李香蘭演じるサヨンを筆頭に、みな皇民化には従順である。高砂義勇隊への入隊がストーリーに取り入れられており、国語をきちんと使おうとか、最近改姓名したとか、内地の女性の働きぶりが立派だとかいったことが会話の中に出てくるが、全体のトーンとは明らかに異質である。台詞の内容が観念的になればなるほど、そこだけ浮いてしまう。日本人警官の努力で彼らが皇民化されるというお話ではなく、すでに皇民化されたあとの話なので、サヨンが出征する近衛敏明を見送って命を落としてしまうラストも、美談としてはいまひとつ納得がいかない。

実話をもとにしているということで、その舞台は宜蘭のほうらしいのだが、この映画は霧社のあたりで撮影されているようだ。台湾側の製作は台湾総督府であり、霧社で撮るというのは台湾総督府の意向である可能性が高い。霧社事件のあった場所で、皇民化した模範的な高砂族の映画を撮ってやろうという、非常に意地の悪い試みだが、できあがった映画には総督府も肩すかしだったのではないだろうか。

国策映画として観ると、もちろん内容には賛同できないし、映画として出来がいいともいえないので、清水映画に出演している李香蘭や、清水宏が捉えた戦前の台湾の風景を満喫しようと思って観た。国策映画的なところに目をつぶれば、この映画は李香蘭がひたすら縦移動する映画だ。少しはじけ過ぎとも思われる李香蘭が、子供たちやアヒルや子豚を引き連れて、こちらに向かって行進してくるのをひたすら見せる映画。そしてその躍動感を楽しむ映画。李香蘭はあまり南方系のイメージではないので原住民役はどうかと思ったが、メイクなどに工夫をしているらしく、時々、張惠妹(阿妹/アーメイ)みたいに見えたりして、それなりに感じは出ていた。子供たちは生き生きしているが、常に集団であり、個人での活躍がほとんどなかったのが残念である。

上述のように、警官役が近衛敏明と大山健二のゴールデン・コンビであることが、この映画をいい意味で骨抜きにしている気がする。ゴールデン・コンビご出演にもかかわらず、もう観たからと言って家でぐうたらしていたJ先生の行動は怪しい。近衛敏明は『迎春花』(asin:B0009W7ZIO)でも李香蘭をゲットする役だったが、今度は色恋は抜きだけれど、李香蘭が自分のために命を落とす役。二枚目でもないのに役得である。

台湾の風景については、行ったことのない場所でもあり、あまりに田舎でもあるので、特別「おおっ」と思うようなところはなかった。冒頭で、現地の風景や原住民の暮らしが延々と紹介されるのが楽しい。