『麦秋』のラストシーンは、菅井一郎と東山千栄子が隠居した大和である。ただ「大和」と言われるだけなのでどのあたりかわからないし、麦畑の中に山がぽこっと存在する風景も、どこにでもありそうなものに思われる。50年以上も経っており、わかるわけないと思っていたが、[奈良にゆかりの映画情報](LINK)というサイトに、この山が耳成山だと書いてあった。天香具山、畝傍山と並ぶ大和三山のひとつらしい。
最寄り駅は近鉄大阪線の耳成だが、隣の大和八木からも歩けそうなので、ここで降りる。近鉄百貨店もある大和八木駅前はけっこう都会で(奈良市中心部にはデパートがないのに…)、すぐ近くに山があるようには思われないが、それらしき山を見つけてそれに向かって歩く。しばらく歩いて、やっと山の全貌が見えたところが左写真。たしかにそれっぽい形をしている。
山の周囲をぐるっとまわっている道路まで来る。来る前は、「ひとまわりして『麦秋』のアングルを見つけるぞ」という意気込みだったが、ここまで来ると近すぎて山の形がわからない。「コムタ下暗し」ということわざがあるが(ないよ、そんなの)、それと同じだ。山の形がわかるところを一周するとなるとかなり大変だし、もう夕方である。なんとなくこっち側っぽいということで、耳成駅のほうに向かって引き返す。山の形がわかるあたりまで戻っても、建物に邪魔されてなかなか全貌が見えないが、だいたいこのあたりかというのが右写真。『麦秋』では、一面の麦畑の中に山があって、そのふもとに家がちょこっとあるという感じだが、すっかり開発されてしまってほとんど面影はない。当時からあったであろう古い家が、たまに見つかる程度である。映画ではすごく田舎に見えるが、そのころには近鉄の橿原線も大阪線もとっくに通っていたようだ。麦畑の中を線路が通っていたのだろうか。菅井一郎も東山千栄子も高堂国典も、その気になればすぐに奈良に出られる、けっこう便利な暮らしだったのかもしれない。